「社会に対する、自分の責任」の自覚

【大前研一 言われた通りにやるな】 週刊アスキー 2002年2月5日号

Photo 7年前という、凄い昔の雑誌の切り抜き、大前先生のインタビューです。 ある資料の間に挟んでありまして、読んでみたら、これが良い! 

私は、彼の「トライアドパワー」という本を、大学の時に読んで、「よくわからないけれど、なんか凄い!」という感想も持ちました。 そして、ミーハーなので、そのまま戦略系コンサルティング会社へ。 戦略的に考えず、「なんか凄いから」という理由の就職活動だったのですが、今考えれば、偶然にも良い選択だったと思います。

20代の半ばくらいまでは、大前教の信者でしたが、最近は、彼の著作を全く読まなくなりました。 なぜなら、「内容が薄いから」。

しかし、このインタビューを見て、少し納得しました。 大前先生いわく、
日本人の知的レベルがこの10年でぐっと下がって
・内容を噛み砕いた、読みやすい本じゃないと売れなくなった
(だから、優しい本、わかりやすい文章になるんだよ)

自分で組み立てる力、想像する力がなくなっている
・絵、動画など、ビジュアルでわかりやすいものに毎日接しているので、文章を、自分の頭の中で処理する機会がなくなっているから

・だから、皆ヨワヨワだから、少し頑張れば、いくらでも活躍できるよ!

インタビューの内容は、大前節炸裂で、まとめれば、
・ヒトの話より、自分の考え。 好き勝手に生きろ! まず動け、失敗して学べ。 Just do it!
こんな感じか、笑。

彼のマネジメントに対する洞察も勉強になりますが、個人的には彼の価値観にも、大変影響を受けています。

かなり前から、彼は言っていることですが、
・社会に対する責任 (住んでいる地域に対する責任)
・自分に対する責任
・家族に対する責任
・(会社に勤めたら)会社の責任

この4つの責任について、自分なりに自覚することが、人生にとって大事なこと。 そうすると、やらなければならないことが明確になって、人生も楽しくなると。

自分は、まだまだ自覚できていないです。 そこが大きな問題です、笑。

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政治家に対する不信感が小さくなることが最初

【権丈善一 結局、消費税上げるしかないんだよ】 読売新聞 2009.7.29

Photo 社会保障をアカデミックに語らせたら、日本一の権丈先生です。 
権丈先生の、衆院選の争点、特に社会保障における争点の主張です。

社会保障はふたつの話がセットです。
ひとつは、社会保障費を増やすか、減らすか。 もうひとつは、増やす場合は、どう財源を確保するのか。

小泉内閣までは、社会保障は実質減らすという方向でしたが、この不景気で、一気に舵を180度切って、自民も民主も、社会保障は増やすということになっています。
となると、財源。

この財源について、政治的にはしんどいと思うが、それを提示しなければ、絵空事に過ぎないと先生は言います。 
民主党の行政のムダカットの議論を受け入れたとしても、社会保障を拡大する(基礎年金の国庫負担の2分の1への引き上げ、介護・医療の拡充)とするならば、全然足りない。

だとすると、自民党はもちろん、民主党ももっと財源に対して、しっかり説明する必要があり、それは増税しか選択がないことは明らかであると言います。 結局、どのような増税を行うのかというのが肝で、消費税はもちろん、資産課税と所得課税のバランスをどうするかなど、まさに税制改革の議論こそが、争点にあんるべきだと主張します。

日本は、世界的には「低負担・低福祉」。 この現状の福祉の水準を上げるならば、負担をどう上げるのかという議論もしなくてはならないのに、それを完全に放棄している自民、民主は、全く無責任と嘆いて、インタビューが終了しています。

権丈先生の気持ちはよくわかります。 論理的に成り立つはずがないのに、それが成り立つように振る舞う政治家に怒り心頭という感じでしょうか。 (政治家が論理的にわかっていないのか、確信犯なのか、そもそも微妙ですが)

でも、政治のそこが難しいところです。

市民は、確かに増税は嫌だけれど、その分生活の不安がなくなるならば、それはそれでありと思っているはずです。
ただし、一方で、
・増税しても、生活は変わらないのでは?
という不安も根強くあります。

その背景は、政治家と役人に対する、恐ろしいほどの不信です。
政治家は「首相のコロコロ辞任&自民の中のゴタゴタ」、役人は年金問題・天下り問題で、いよいよトリガーがひかれて、不信感が爆発しています。

政治家と役人が信用できるならば、増税も許して、将来の福祉を期待もしよう、ところが、政治家と役人が信用できないので、増税は気分的に乗り気でないというのが、市民の本音です。

政治家は、増税というと、市民は単純に嫌がるだろうと思い、市民は、そもそもあんた、政治家を信用できないから、増税が嫌なんだと思う、このネジレの現状が今の政治状況です。

何をやると政治家は信用されるのか?

たぶん、政治家の人数自体の大幅削減と、役人の給与大幅カットだと思います。
民主党は80人の削減をいっていますが、スーパーの値段と同じで、わかりやすく100と言うべきでしょう。しかし、民主党は役人の給与カットは言えないだろうなぁ。

しばらくは政治家不信は継続して、ゆえに、市民に微妙に媚びるような政治が続いて、現実に正直に向き合うこと、つまり増税はないのでしょうね。 ただし、国債の買い手が、まもなくいなくなるでしょうから、その時がタイムリミットかもしれませんが、まだ数年大丈夫ですね。

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立派な活動をしても、最後は見た目、印象勝負なのか

世田谷の都議会議員であった、行革110番の後藤雄一さんが、まさかの落選です。

東京都、東京都の関連団体、都議会の様々な「合法的税金ぼったくり」の事例を暴いて、都にも、議会にも煙たがれていた後藤さんが、まさかの最下位です。 (定員8人に11人立候補、結果は民主3、公明2、生活者ネット1、共産1、自民1で、後藤さんと、自民2人が落選)

詳しくはホームページを見て頂くとして、彼の功績は、
・選挙カーのガソリン代、水増し請求追求
・東京都職員の第2給与振込口座のムダ追求など、
・様々な手当、慣習(お役所仕事)をあぶりだし、廃止させたり、改善させたり
・都の業務上のミスや、その隠蔽に対して、徹底的追求
などなど、都としては一番嫌な議員だったと思います。 都議会127人全員がこれくらいの仕事をすると、都は相当引き締まります、笑。

Photo 彼は、とにかくネチネチと調べ上げ、論理的に追及していきます。 いわゆる、オンブズマン的な活動ですが、かつては現職議員であったため、その権限をもとに、激しい追及活動が大変有名でした。 都における、公私混同の予算消化(会議、福利厚生という名の私的利用、大判振る舞いのタクシー券、カラ出張、カラ弁当などの裏金作り)、議会の視察という名の観光旅行など、徹底的に追及しまくり、著書の「ザ・お役人天国」「お役人のいじめ方」は、古典的名著と言われています。
彼のこの20年近い活動(都議としては8年)をきっかけとして、全国にオンブズマン活動が広がったといっても過言ではないでしょう。 

その後藤雄一さんが、まさかの落選です。

彼は、しゃべりがあまり上手ではありません。 そして、今や60近くのオジサンで、見た目はかなりみすぼらしい。(見た目を気にしないのが、彼の良さですが) 優しいのですが、活動に対しては厳しいです。 だから、利権活動の自民党は当然険悪の中ですし、民主党でさえも、そのストイックすぎる姿勢と相性が合わず、どちらかというと、孤高の議員さんでした。 愛想が良いとか、リーダーシップがあるというわけでもなく、地道に(ある意味、オタクっぽく)問題を追及するという実直さです。

見た目勝負の選挙、2大政党型の選挙に、後藤さんは完全に飲み込まれてしまった印象です。
彼の功績は群を抜いているのですが、有権者の前にはなかなか伝わらなかったということでしょう。 (ほとんどの有権者は、印象で投票判断をするということです)

行政の無駄使い追求という活動は、ちょっと小振り過ぎて、有権者になかなか認めてもらえないというのは辛いところです。 でも、とても大事な活動です。 こういうジャブが、大企業病の都には効くのです。 (今回、世田谷でトップ当選した、新人の)民主党の関口さん(33歳!)には、是非、こういう活動を引き継いでもらいたいものです

これからの政治家は、選挙時のプレゼンテーション、そして当選後の本質的な議員活動という、二つの種類の違う戦いを行わなければなりません。 後藤さんは、前者の「選挙時プレゼンテーション」を完全に軽視していました。
逆に、民主党は「選挙時のプレゼンテーション」を相当意識した結果が、風もありましたが、大きな勝利につながっていると思います。 当選後の本質的な議員活動を忘れないでください。 第一党ですから、「結果」がすべてです。 この4年間で何をするのでしょうか?

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市長の仕事は、新しい公共サービス事業のマネジメント?

【勝間和代のクロストーク 終身雇用なきあとの社会設計】 毎日jp 2009年6月28日

Photo 勝間和代さんと、福祉政策が専攻の宮本太郎さんの対談に、良い視点が盛りだくさんありました。(宮本太郎さんは、なんと宮本顕示のお子さんとは、、、)

良い視点を得られたコメント&気付きをまとめると、

・スウェーデンは、雇用流動性が高く、生産性の低い部門から高い部門への移動が行われてきたが、一方で、公共部門で雇用を作り、全体として雇用率を上げてきた
・ただ、生産性の高い産業が、それほど雇用を必要としなくなってきたので、結果的に、雇用の3分の1は公務員という状態
・最近は、公共部門の雇用も限界にきており、(失業率が上がり)失業手当で暮らす人が増え、スウェーデン国内でも、不協和音が広がり始めた

・日本は、公共部門の雇用を拡大していないので、民間で吸収できないと、失業率が上がってしまう
・低成長下で、民間の競争が激しくなり、ハードワークの正規社員と、時間限定だけれど給与が上がらない非正規という、極端な二つの仕事モデルしかなくなってきた

・仕事を通して、というか、仕事だけに「生き甲斐=幸せ」を追う人生観ではなく、別の人生観が生まれないと、低生産性の仕事に誰もつかなくなる
「別の人生観=仕事以外の、幸せの源泉」は、地縁か、趣味縁のコミュニティにおける活動か?

・多少非効率、給与が低めな仕事でも、地域の仕事を公共(行政)が生みだし、その仕事を通して地縁が強くなり、結果的に相互扶助の関係が出来上がることが、社会にとって良いことでは?

・ただ、今まで会社一筋でやってきて、仕事が生き甲斐という人生観を持っている人に、地縁という繋がりを通して生き甲斐を見出しましょうと言っても、少し難しいかも
会社組織のコミュニケーション(階層組織)と、地縁のコミュニケーション(対等に役割分担)は微妙に違うので、会社組織のコミュニケーションを地縁に持ち込まれると、コミュニティがギクシャクする

・行政の仕事は、民間が提供しにくくて、かつ公益になるような仕事を作り出して、そして、その仕事を、役人組織の弊害(責任感の低さ、画一的など)をできる限り小さくしながらマネジメントすることになる
・具体的な仕事は、介護、教育、子育て、防犯、清掃などで、そのためには、現状よりは政府規模は大きくならざるを得ない

今までの普通の人生設計は、子供が大きくなるにつれ、教育費と住宅ローンで支出が大きくなり、40代50代で給与が上がり、その支出に対応するというものでした。
しかし、40代以降、給与が伸びないというならば、そして、そもそも雇用自体も危うい時代ということであれば、二つの面で、社会の構造改革が必要です。

ひとつは、伸びない収入に対応して、大きな支出も何とかしなければならないということになります。
住宅ローンはまた別途取り上げるとして、教育については、もっと社会が支えても良い内容なのかもしれません
(高校の授業料実質無料化、大学の奨学金制度の拡充など)

もうひとつは、それが、この勝間宮本対談で言われている、雇用自体を行政が作り出すということです。今までは、公共事業で間接的に土木事業の雇用を作ってきましたが、土木事業ではもはや多くの幸せにつながらないので、介護や教育という新しい部門で、雇用を作る必要があるということです。
市長の新しい仕事は、新しい雇用のマネジメントなのかもしれません。

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終身雇用&年功序列は成立しないならば、何をすべきか?

【復活か 崩壊か “終身雇用”を問う】 NHK 2009年6月28日

終身雇用に関して、勝間和代, 湯浅誠,  森永卓郎が、緩く討論をします。

各氏の基本的な考え方です。
Bs (勝間) 終身雇用を維持することは不可能。 終身雇用を維持しようとして、正規社員のハードワーク、非正規の増大など様々な弊害が生まれている。
一方で正規社員にとって、終身雇用が既得権になっていて、これにしがみつく意識が、ますます終身雇用の弊害を拡大する

(湯浅) 終身雇用はもはやひとつの会社で提供するのは難しい
ただし、無期雇用を原則にしつつ、会社を渡り歩いて雇用が継続できるよう、社会(政府)が前提を整えるべき。
住宅、教育にお金がかかりすぎる現状を何とかしないと、終身雇用の既得権者は猛烈に反発するし、多くの人がやっていけなくなる

(森永) 終身雇用は、会社が強くなる源泉であるし、会社は雇用を守ることが社会的使命。 終身雇用は続けるべき
ただし、年功序列という給与体系でなく、稼いだ分に応じるような給与体系にして、終身雇用による人件費増大を防ぐべき

勝間さんは、「アメリカのように解雇を簡単にして、雇用の流動性をあげるべき。 古い産業から新しい産業へ人が動くということが、社会に必要。
政府は、その移動を、トレーニングや失業手当でバックアップすべき
」と主張します。
Bs_2 一方で、森永さんは、「解雇を簡単にすると、乱暴な経営者が安易に解雇してしまうリスクが非常に高く、解雇を簡単にする前に解雇されても大丈夫という安心感を得られる、政府の制度を作るべき」と、順番が大事と指摘します。

討論は、微妙に対立しているようでしたが、3人の主張は視点が違うものの、根っこは同じような気もしました。 その根っこですが、

・そもそも終身雇用とは、長期雇用、年功序列給与(給与右肩上がり+退職金)、新卒採用の3点セット
・しかし、企業の収益力が(中小企業を中心に)弱体化、一方で(大企業を中心に)利益の極大化が求められ、年功序列給与が財務的に耐えられなくなってきた
・そこで企業は、年功序列給与にあてはまらない、非正規雇用者を増加させて対応
・結果的に、終身雇用の周辺に、膨大な非正規雇用者を生み、年功序列の終身雇用者vs給与が上がらない非正規雇用者の対立関係ができあがった
・終身雇用制度を守り続けると、このような状況が続くので、今までの終身雇用制度は続かない

Bs_3 ・そこで、(勝間)解雇を簡単にして、雇用を流動化せよ→正規vs非正規の対立がなくなる、(湯浅)転職が増えるので、失業時の体制を、社会(政府)で手厚く構築せよ、(森永)年功序列給与自体を辞めてしまえ、そうすれば雇用は続けられる
という提案が出てくるわけです。

それぞれ、その通りだと思います。
中小企業では、現実に対応せざるを得ず、年功序列給与は崩壊しています。 多くの社員で40過ぎで給与が止まっています。
森永さんの内容が、現実的に起こっているわけです。
(だから、大学生や住宅ローンを抱えた40代後半から50代前半の、中小企業勤務サラリーマンは本当に大変です)

終身雇用は、単独で存在する制度でなく、様々な制度と絡み合っているので、他の制度も変えなくては、軟着陸できません。

同じ仕事ならば、同じ給与という原則とし、正規と非正規の格差をなくす (→非正規の給与があがり、正規の給与が下がります)
・結果的に、40代50代の給与が落ち込んでくるので、教育コストを下げるべく、高校や大学の費用を社会で大きく負担する方向にする
(必然的に、所得に関係なく、多くの子供が学びの機会を得る)
・失業時の支援体制を厚くする (ジョブトレーニングと失業手当)
・最後に、解雇をもっとやりやすくする (法的に、解雇の合理的な理由を明確にしてあげる)、結果的に流動性が上がる(=企業経営がしやすくなる)

ということになるのだと思います。
この考え方は、社会全体には良いインパクトがあると思いますが、終身雇用の既得権者には、マイナスのインパクトです。
しかし、大企業も、(収益性の弱いところを中心に)既に年功序列給与がどんどん崩壊しています。

ちなみに、終身雇用&年功序列がばっちり残っているのは、実は400万人の公務員の世界と、補助金で成立している特殊法人(天下り団体)です。
(この400万人には、民営化された郵政30万人も含みます)
400万人の給与は、福利厚生を含めて、推定で約36兆円から40兆円。 2割カットで7兆円から8兆円の財源です、笑。

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当たり前をどれだけ徹底するか、これが進化の源泉

【ユニクロ柳井社長 三連発】 日経ビジネス090601、週刊ダイヤモンド090418、東洋経済081011

3_2 主要経済誌の柳井社長インタビューです。
日経で、柳井社長が成功の要因を説明しています。

「顧客のニーズをとらえて商品化し、生産して、販売するというサイクルがうまくいっている」
このサイクルに対して、ユニクロは圧倒的に真剣に、徹底してやっている」

具体的な話が述べられています。
・売れた商品、売れない商品を分析し、翌週どう売るか、そのために何を準備するか、そのシーズンの販促計画に軌道修正は必要か、次の商品はどう開発するかという仮説を出して、打ち手を実行していく
・同じ商品でも、売れた店舗、売れない店舗があることを分析して、翌週どう売るか、店舗に情報を流す

何がどれだけ売れたのかは、顧客の評価です。 顧客の顕在化したニーズの裏返しです。
まずは、この情報を徹底的に分析し、翌週の販売、今シーズンの生産販売計画の打ち手に直結させていくという、スピーディーな対応だけで、十分に価値があるということだと思います。
確かに、月次、下手をすればシーズン単位の分析はあっても、週次の分析、そしてそれを翌週にすぐに活用するというスピードは、ユニクロだけかもしれません。
GMSではありえませんし、おそらくワールドやオンワードでもないでしょう。 これがユニクロの強さなのかもしれません。

結局、当たり前のことをどこまで徹底するかという、水準の問題。 水準をどんどん上げていくことが経営者の仕事であり、会社の強さにつながる」

そして、ダイヤモンドでは、新しい小売業について述べています。

「わがままで移ろい易い顧客ニーズに対応して品揃えを広げて、単に陳列しているだけの小売業はダメ。本当の顧客ニーズに対応して、(メーカーやパートナーと一緒に)商品を作り出すことが、新しい小売業」
「品物を並べて売れる時代は終わり。 売れるように工夫をしないと売れない」

「ユニクロは、店長や販売員が感じ取った顧客のニーズを、徹底的に吸い上げて製造、販売に役立たせている。 これが顧客ニーズに対応して、需要を創造すること」

商品の開発をメーカーに任せて、単に並べるだけの小売業に差別化要因はなく、顧客のニーズから、売れる商品を小売業が自ら開発して、売れるように販売の工夫をすることが新しい小売業(SPAと呼ばれます)であり、ユニクロの強さということです。

最後は、東洋経済。 そんなユニクロにおけるトップの役割について語ります。

「トップは明確な方針を示すべき」
「社員は、方針を理解して、自分の持ち場・仕事に落とし込んで具体的に実践すべし」
「まずは、トップの方針ありき。 単に、社員に(売上、利益を目指して)頑張れ!は、最悪」

そして、組織が大きくなるにつれ、自主的に動く社員よりも、組織に寄生する社員が増えてくると嘆きます
自分が仕事をしなくても、とりあえず会社は回ると無意識に思ってしまい、それがスピードの遅さ、判断の中途半端さにつながってしまうと分析していて、自営業者のように、「自分が今日動かなければ、売上も利益も計上されない」という現実感を持つべきと、まとめています。

「当たり前のことを徹底する」
「徹底する水準を、どんどん上げていく」

新しさは全くないのですが、結局、何でもこういうことなのかもしれません。
行政サービスも同じです。 「そのサービスの対象者の満足を上げるための努力を(予算内で)徹底する」ということが繰り返されないといけないのでしょう
市長に大事なことは、根気、執拗さということでしょうか、笑。

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新しい横須賀市長のマニフェストは、わかりやすい

【横須賀市長の、当たり前の内容だけれども、わかりやすいマニフェスト】

2 横須賀市長になられた吉田雄人さんのマニフェストです。 先日、千葉市長になられた熊谷俊人さんのマニフェストと比べると、いろいろな意味で優れたマニフェストです。

ところで、マニフェストは有権者に対する公約ですが、現時点ではコミットメント(必ず達成する目標、できなければ相応の責任をとる)ではなく、政策の基本方向性および努力目標という位置付けが現実的です。 したがって、マニフェストの内容は非常にラフ、抽象的、部分的であると言えます。 (ただし、争点が明確な場合(例えば大型公共事業などの是非など)、マニフェストは大きく意味を持ちます)

また、そもそも有権者に対する公約なのですが、有権者自体がどの程度読み込んでいるかも疑わしいという現実もあります。 一般人は、市の仕事、県の仕事、国の仕事の区別がつきません。 それに、借金や情報公開と言われても、ピンとこないのが普通です。 保育所の待機児童をゼロにするとか、子供の医療費助成などはわかりやすいのですが、通常は直接的なベネフィットのある話ばかりでもありません。

したがって、中身は抽象的で、そして有権者も細かくは見ていないマニフェストを分析する意味があるのかという疑問もわくのですが、そういう緩い状況でも、どれだけ真面目に作っているかという部分で、その候補者の志を計ることが可能です。

今回の吉田さんのマニフェストですが、本当に志を感じる内容です。 中身そのものの前に、記述形式が非常に分かりやすく、そして論理的にされています。

吉田さんのマニフェストは、医療や教育など11の項目について、

・吉田さんの基本的な考え方、価値観
・その考えや価値観の背景となる、現状の分析=問題意識
・その考え方に対応する、「シンボル(象徴的)施策」
・主な施策案、そして施策案には、おおよその期間と、必要な決定
(市役所、市議会、県、国など)を明示
が、整然と書かれています。 

本当にわかりやすいです。 ちょっと欲張りすぎ?という感じもする施策案ですが、わかりやすい構成です。 ちなみに千葉の熊谷さんは、シンプルな構成で、企業との癒着防止、ハコモノ建築禁止など、わかりやすい項目をあげ、少し説明している程度です。 (何年もかけて準備してきた吉田さんと、いきなり選挙に出た熊谷さんの違いということですが)

そして、具体的な中身ですが、住民投票を盛り込んだ自治基本条例制定など流行りのものもあったり、「いのちの基金」創設、行政の議会答弁・対応のあり方改善など珍しいものもあったりしますが、全体としては非常にオーソドックスです。別にオーソドックスが悪いわけでなく、「当たり前のことをきちんとやるだけ」で、十分に行政サービスはよくなるということだと思います。

さて、33歳の若者が、50歳以上の幹部だらけの市役所に突入していきます。 実質的に初めての組織運営です。 大変だと思いますが、その志で突っ走ってもらいたいです。

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横須賀市長選挙の意味あい

【横須賀市長選挙に見る、大きな流れ】

Photo 昨日の日曜日に、横須賀市の市長選挙が行われました。 自民公明民主、その他の様々な団体が事実上押している現職の勝利と思いきや、なんと、33歳の市議会議員の勝利。 どんでん返しです。 奇跡です。 (ちなみに、横須賀の民主党は吹けば飛ぶような存在なので、もともと力はありません。 アンチ自民公明という形で、民主支持者はいますが、その受け皿は、民主党としてはほとんどありません)

以下、ヤフーニュースです。 (ソースは産経新聞)

任期満了に伴う神奈川県横須賀市長選は28日投開票され、元市議、吉田雄人氏(33)=無新=が、再選を目指した蒲谷亮一氏(64)=無現=と弁護士、呉東正彦氏(49)=無新=を破り初当選した。吉田氏は、千葉市の熊谷俊人氏(31)、三重県松阪市の山中光茂氏(33)に次ぎ、全国で3番目に若い市長となる。

 地元の小泉純一郎元首相が全面支援した現職の敗北だけに、小泉氏の次男、進次郎氏(28)が立候補表明している次期衆院選にも影響を与えそうだ。

 現職の蒲谷氏は小泉氏や大半の市議らの支援を受け無所属で出馬し、2期目を目指した。一方の吉田氏は、蒲谷氏が旧自治省出身であることを批判し、「脱官僚」や情報公開を訴え、初当選した。

 当選後、吉田氏は「小泉元首相にしろ、民主党にしろ、政党が横須賀を変えることはできないことが証明された」と語り、敗れた現職の蒲谷氏陣営は「小泉人気も通用しなかった」(幹部)と肩を落とした。

投票率45%は大きいです。 前回の投票率は40%、今回は45%です。 1%が約3500票ですから、1万7000票分、前回より増えたことになります。
現職は、前回選挙とほぼ同じ6万4000票。 組織選挙の上限の数字なんだと思います。前回の対抗馬(無所属)は、5万8000票。 当選した吉田さんは、これに1万票を上乗せして、6万8000票で当選。 増えた票数の、6割近くを獲得したということだと思います。 (ざっくりとしたイメージです)
神奈川新聞の出口調査によると、無党派の6割を獲得ということなので、数字は合います。 

横須賀は古い町で、典型的な保守の町です。 しかし、保守も強すぎて、保守の中で、グループは割れています。 ということで、アンチ現職の保守は、吉田氏についたか? (同じく出口調査によると、なんと自民党支持層からも40%獲得! だた、これは前回の選挙にも見られた傾向でしたが)

実はこの保守分裂、最近の田舎ではよく見られる傾向です。 保守が分裂し、アンチ保守が動き、無党派がどっと投票するという流れは、田舎では最近顕著にみられる流れで、日本全国で、保守に支えられた現職市長がどんどん落ちています。 ちなみに、千葉市は、アンチ保守票がもともと多いところなので、アンチ保守票+無党派で圧勝です。 

いずれにせよ、吉田氏大健闘です。 千葉市以上に、厳しい選挙を見事勝利しました。 衆議院選挙前で少し選挙機運が盛り上がっていたという追い風もありますが、投票率を上げたのは、吉田氏本人の力が大きいと思います。

次のエントリーで、吉田氏のマニフェストを見てみましょう。

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ヒトには社会が必要、ヒトにとっての社会は「働く場所」

【ユニクロ柳井社長とドラッカー その2】 NHK 知る楽 2009.6.25

Photo ユニクロの柳井社長の、ドラッカー論です。 番組自体は第4回目(最終回)ですが、私は2回目のエントリーになります。 前回はこちら

今回のキーフレーズは、「企業は社会の道具」。

ドラッカーはヒトに注目して、ヒトから発想しています。 そして、ヒトの幸せを追求しています。
ヒトは、社会的動物(存在)であるがゆえに、ヒトが幸せであるには、自分の居場所が社会の中にあり、同時に社会の中での役割があることが必要と唱えます。(『産業人の未来』より)
つまり、ヒトには社会が必要であるとしています。 (また、社会における権力の正当性も挙げていますが、割愛します)

社会における企業は、そこで働く人たちに、居場所(position)と、役割(role)を与えることが必要で、居場所とは、生産的な仕事を通した、生計の素、仲間との絆、自己実現の場の総体であると唱えます。
しかも、それは企業が従業員に一方的に与えているという一方通行の話でなく、企業も、そのような従業員を必要とし、いなければ企業も成立しないという、相互を必要としている関係なのです。

だから、柳井社長は、会社と従業員が相思相愛でないといけないと考えているようです。
会社の社会での役割(価値)を明確にして、そのために仕事をするという考えに共鳴してくれる従業員という関係を作らなければならないと言います。
(日経ビジネス090601 44P)

トップの仕事は、企業の社会における役割=価値を明確にして、それをブレずに言い続けることだと断言します。
だから、柳井社長は、「服を変え、常識を変え、世界を変える」というキャッチフレーズを作り、「あらゆる人に、良いカジュアルウエアを提供する」という社会的ミッションを言い続けます。

「あらゆる人」というところがポイントだとも言っています。
お金持ちも貧乏も、服好きも、服に関心がない人も、あらゆる人にとって、良いカジュアルウエア。
安いだけのカジュアルウエアでなく、デザイン、機能、価格すべてで納得できる価値を持つ服、それが「あらゆる人」にとっての、良いカジュアルウエア。
壮大な社会的ミッションですが、柳井社長だと、やってしまいそうです、笑。

もちろん、従業員の居場所は、会社のミッションだけで成立するわけでなく、日々の仕事のダイナミズムやコミュニケーションが大事なわけですが、そういったモノの根幹が、ミッションなのかもしれません。

ちょっと抽象的で、霞のような話ですが、大変本質的な話だと思っています。
大企業では、どんどん役割が分化し、居場所と役割が中途半端になっていきますが、それをどうユニクロは打破していくのか?
京セラはアメーバ経営、ミスミはスモールビジネスユニット経営という形で、バーチャルに企業を分割し、小さい単位にして、従業員の居場所を作り上げています。

ユニクロも企業買収を通じて、規模を拡大していますが、ユニクロのように、業績も良く、そして社会的にも意義があり、従業員にとっても大切な社会の場という3拍子揃った会社は、まだ生まれていないようです。
(セオリーも業績だけ良い、普通の会社です。 最近は業績も厳しくなってきましたが)

哲学と、実際の経営を結び付けようとしている柳井社長は、いずれにせよ、素晴らしいです。

彼は最後に言っていました。
「ドラッカーを実践しましたと、言いたいです」

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地方を奴隷にする仕組み

【土居丈朗 地方を奴隷にする仕組み】 日経ヴェリタス 2009.6.14

Photo地方財政の若手第一人者、土居先生(なんと38歳!)の、橋下知事応援論文です。 (本人には、そんな意図がないかもしれませんが)

地方は、構造的に国の奴隷になるように仕組まれていると、指摘しています。
土居先生は、上品に「貧困の罠」という学術用語を使っていますが、要は、「地方は必然的に奴隷になる」制度があるということを指摘しています。

その仕組みの根幹は、「地方交付税」。 自治体の運営に最低限必要な金額と、自治体が自主的に集められる税金の差額を、国が負担する仕組みです。
「最低限の自治体運営費用は、国が何とかします」という、地域の経済格差を埋め合わせる、税の分配制度です。

一見良い制度ですが、実は、そこに「地方を奴隷化する」仕組みが組み込まれていると言います。
つまり、税収を増やすために一生懸命活動しても、税収が増えた分、地方交付税がカットされ、結局総額はほとんど変わらないという仕組みなので、わざわざ税収を増やすというインセンティブが働かないと指摘します。
(ちなみに、地方交付税なしの自治体は、ほんのわずかしかありません。 東京都、豊田市、武蔵野市など。
こういった自治体は、税収が増えれば、総額も増えます)

逆に、町が衰退し、税収がどんどん落ちても、交付税が増額されるので、これまた総額はあまり変わらないという事実。
交付税のお陰で、事態が深刻化しないので、衰退の流れを止めようという動きが本格化しないという悪循環。

まとめると、
・地方交付税は、最後は、国がなんとかするという、後ろ支え
・したがって、気概のある市長でないと、「最後は何とかなるさ」と、国への依存体質に陥る
・依存体質とは、つまり、気持の底から、「国に従う」という、奴隷マインドということ
・自治体運営の「やる気」を削ぐし、「危機感」も生まれない
自ら何かをやるということを発想しない思考停止を作り、困ったら頼るという依存体質を生むのが、まさに地方交付税の仕組み → 地方を、気持ちの部分から奴隷にする仕組み
ということでしょうか。

この地方交付税の仕組みを変えようと、地方分権改革推進委員会(委員長 丹羽宇一郎)が、秋をメドに改革案を作成中とのこと。 どうなるか?

日本全体はこれ以上借金もできないし、経済成長もないので、総額は絶対に増えない。
地方分権といっても、国税が地方税に振りかわるだけで総額は増えない。
となると、パイの取り合いになるので、地方交付税の改革は、自治体間のパイの取り合いという、壮烈な自治体戦争になります。
財源の8割以上を交付税に頼っている地方の自治体は、もう死活問題です。
橋下知事や、東国原知事のおかげで、地方自治がスポットライトを浴び始めましたが、議論を進めると、壮絶な議論になると思います。

自治体運営には、もちろんカネが必要です。 しかし、カネはあまりない。
となると、ソフト、つまり、効率的な運営方法で勝負するしかありません。
それから、今まで使っていた予算をスクラップして、違う部分に振り向けるというやり方を、過激にやるしかありません。

これからの市長(知事)は、
・運営方法というソフトで勝負する組織運営ができるか
・今までの延長線でなく、ゼロベースで予算を組み替えることができるか

という、新しい能力が必要です。 本当に。

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コミュニケーションは質より量

【川鍋一朗 コミュニケーションは質より量】 日経アソシエ 2009.07.07

Photo タクシー会社、日本交通の3代目社長のコミュニケーション論です。
論理コミュニケーションがすべてという、ある意味世間ずれしたマッキンゼーから、「難しいことはわからない」と言われてしまうタクシー会社へ移って、川鍋流のコミュニケーション論が出来上がりました。

好き嫌いの感情が、行動動機の原点。 その後に行動の論理で、自分を正当化する
・コミュニケーションが成立するとは、結局、最初に「好き」になってもらえるか。 論理が正しいとかは関係ない
・「好き」とは、相手の感情を揺さぶること
・質で揺さぶることもできないことはないが、難しく、量で勝負する方が、結局、相手の感情を揺さぶる
・量で勝負とは、同じメッセージを繰り返すこと
・そして、会社のこと、業務のことなど、とにかく隠さず、詳しく、わかりやすく話す
・こちらからコミュニケーションをとれば、必ずフィードバックがある。 そして関係が深まる
・自分は社長なので、普通は言いにくいから、相手が言いやすい環境を自分から作って、健全なコミュニケーションのパイプを維持している

確かに、相手への何となくの好意が生じると、「相手の話を聞こう」というスタンスが出来上がります。
このスタンスこそが、コミュニケーションの回路なので、まずは回路を開かなければならないということです。
回路が開いてこそ、初めて、論理的なコミュニケーションが成立するのです。

しかし、「何となくの好意」は、何がどうなると生まれるのか?
少し前にアップして紹介した、(コミュニケーション専門家の)重田みゆきさんは、目、全体の表情、挨拶、声のトーン・スピード、見た目などのディテールが大事だと指摘していました。

相手の目を見ること、こちらから元気に明るく声をかけること、明るくさわやかで、落ち着いた語り口、清潔感があって誠実そうな見た目など、こういった要素が重なりあって、「何となくの好意」が生まれてくるのだと思います。

ただ、こういったテクニックも大事だと思うのですが、本質的には、
・あなたと、真剣に、(対等に)話をしたい。 あなたに興味がある
という、相手への実直な思いが前提としてあることが大事だと思います。
この相手は、自分に興味があると直観的に感じることが、実は、相手への何となくの好意のような気がします

誠実な話しかけには、きちんと話がかえってくるし、気持ちのこもった優しさには、それ以上の優しさがかえてくることが多いのです。
ヒトのコミュニケーションには、そういったポジティブな連鎖があると思います。
そういったポジティブな連鎖の最初の一歩を至る所で生み出し、ポジティブな連鎖を繋げていき、大きなポジティブな連鎖を作ることが、リーダーの役割かもしれません。
そういう意味では、ヒトに興味がなければ、リーダーは務まりません。

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東国原知事の、3年間の知事の仕事の評価は?

Photo 東国原知事の、「総裁候補条件」発言は、意外性と大胆さで、大変なニュースになりました。 すべてのコメントが、政局の中での捉え方で、「東国原がしたたかか。またイメージを上げた」、「古賀がピエロになった」、「古賀なりの深遠がある」とか。 このニュースに対する現職議員のコメントもおもしろかったです。 議員のセンスと、器の大きさが、そのまま現れる感じでした。 永田町の常識のフレームで答えたコメントが多かったですね。 永田町の常識は、世間の非常識。 

さて、このニュースを真面目に考えてみましょう。
「東国原知事は、総裁=総理の器か?」

政治家のパフォーマンスは、どのように判断すれば良いでしょうか? 会社の場合は、売上や利益など、とりあえず判断できる指標があるのですが、政治家はどうか? 
どれだけ地元に公共事業を落としたか、冠婚葬祭の出席回数など、ギャグのような指標もあったりしますが、真面目にとらえれば、実は難しい話です。

どうやって政治家の仕事の、良い悪いを判断するか?
良くて当たり前、悪いと叩かれると、何とも厳しい仕事ですが、そもそも、どのような仕事が良くて、どのような仕事が悪いのか? これが、はっきりしないから、政治の話は永遠に続きます。 愛や恋愛の話と同じですね、笑。

実際、万能な判断軸はないと思います。 昨日のエントリーにあった公会計の視点では、一人当たりの将来の税金額をいかに小さくするか?という指標が出てきますが、それも厳密な計算が難しい。 結局、判断軸は、有権者個人個人で見つけ出すしかないわけです。

その判断軸が、「なんとなくのイメージ」だったりするので、千葉県では森田健作が知事になってしまったりして、民主主義の悲哀があったりもします。
有権者自らが判断材料を収集して、判断軸を作って、判断するというのは、かなり難しいのです。株式投資の際に、その会社の将来判断をすること自体も難しい。 でも、株式投資の場合は、様々な指標や材料を専門家が提供してくれます。 その加工された情報を見て、判断して、投資の是非を決定します。

これと同じことが、政治の世界にも必要だと思います。 学者や政治ジャーナリズム(マスコミ)が政治家の仕事の是非を判断するための指標、指標が難しければ材料を提供すべきです。 それが仕事です

東国原知事のニュースが出た時に、(視聴率にはあまりつながらないかもしれませんが)彼の政治家としての仕事を判断する材料を出して、分析する報道が欲しかったです。
東国原知事は、
・どのような問題意識を持って、県庁運営を行っており、
・具体的にはどのようなことをやっていて、(あるいは、やっていくなくて)
・結果として、どのようなことが起こっているか

という、まさに知事の仕事を総括する報道が欲しかったです。

新人の政治家(立候補者)を判断する場合は、問題意識と、問題意識に対応した打ち手の方向性くらいしか判断材料がありませんが、現職の場合は、実際仕事をしているので、その実際の仕事を通して、評価が可能なわけです。
東国原知事が、「総裁候補条件」を出した時、それが政局的な発言であっても、真面目に、彼の3年間の宮崎県庁運営を分析する報道が欲しかったです。

その報道が出なかったのは、
・実は、誰も真面目に、東国原知事の仕事を分析したことがない
・材料はあるが、視聴率にならないから、読者の関心が低いから、報道されない
・そもそも、政治家の仕事を評価するという視点がないから、知事の仕事の分析という発想もない
のいずれかの理由です。 どれなのでしょうか、報道番組のディレクターさん。

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市長の仕事が、良いか悪いか判断するために、、

Photo 千葉商科大学大学院教授の吉田寛さんの講演を聞きました。 もともと公認会計士の先生で、行政部門の会計について、独自の理論を持っています。 今回の講演は、その理論の説明というより、「どうして、行政部門に会計が必要なのか」という、そもそも論のお話でした。

非常に勉強になりましたし、納得感も強いです。 しかし、笑い話がいっぱい挿入されるので、意識しないと、笑い話しか、記憶に残りません、笑。

例えば、民間会社と会計の関係。 民間会社の運営の結果をわかりやすく表現するのが会計という手法で、その会計で表示された数字を通して、関連するヒトが、その会社の社長の運営(経営)の是非を判断します。
これと同じことが、行政運営にもあてはまり、行政の運営の結果(成果)をわかりやすく表現する手法が公会計。 このわかりやすい公会計を通して、主権者は、自らが委ねた代表者(例えば市長や町長)の行政運営のOK・NGを判断することが大事と説きます。

しかし、現状は、行政運営の是非を判断する材料がないに等しい状態で、訳のわからないまま、行政が運営され、いつの間にか、とんでもない借金が積み上がり、子供たちの世代に、その返済義務を負わせている状態であると嘆きます。

結局、我々市民が、膨大な借金の蓄積を、選挙を通して間接的に認めきたということなのですが、それは、行政運営の是非が判断できないような、日本の決算制度にあると指摘します。 わかりにくい予算体系・用語、複雑な仕組み、大雑把な開示など、普通の人には絶対に理解できない、決算書=「結果報告書」、予算書=「政策計画書」の問題だと指摘します。

それは、明治維新、戦後のGHQ統治などの歴史の流れからくるものですが、それを悪用して、「税金を、合法的に自分たちに都合よく使ってきた」のが官僚であり、税金が足りなくなってきたら、「合法的に借金をして、ツケを子供たちに回すようにしてきた」と主張します。 

そこで、行政の運営の是非が、明確に判断できるように、公会計の仕組みを導入して、「市長・町長の運営が適正さを判断 ⇒ 投票の基準」という流れを作ろうと結論づけます。

公会計とは、簡単に言えば、
・行政が行う事業にすべて「値札」をつける → どれだけのコストがかかっているのか明らかにする
・そして、その事業の「成果」を説明する → 誰のためにやって、どれくらい効用があるのか
ということを、全事業に適用して、事業の存在意義や継続性を検討し、借金をする場合は、借金をする意義があるかどうかを検討する、明確な判断材料を作ることです。

例えば、(細かい部分はメモが取れていませんが)働く女性のために、ゼロ歳児保育を充実するという事業の場合、ゼロ歳児保育の、ゼロ歳児一人当たり年間行政コスト(税金)が約600万、親の負担が年間25万円、差し引き税金負担が550万円以上というように、事業のコストと成果を明示します。 こういった数字があれば、いろいろな視点で議論ができるようになり、まさに自治が行われるようになります。 

その他にも、何となく続いている事業も、「成果」と「コスト」を明確にすることによって、本当にその事業が必要なのか?という議論が必然的に起こってくることでしょう。

わかりにくい決算説明で、有権者を煙にまき、関心を盛り上げず、いつの間にかに、有権者の子供に負担を負わせるという、あまりに酷い状況を何とかしなければいけないと、吉田先生は最後にまとめました。 

コストの積算も、物理的にはいろいろなテクニックが必要だと思います。 間違った数字を導きだしたら、判断も間違えてしまいます。 柏市も行政評価ということで事業ごとの費用が報告されていますが、どういう前提で算定されているかわからないので、何とも言えません。 突っ込みどころ満載なのに、柏の市議会議員さんは、いったい何をやっているのだろうか?

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役人に買収された、国土交通省大臣?

【税金ぼったくりの、天下り法人】 AERA 2009年6月29日

財団法人、別名天下り法人「道路保全技術センター」の、税金ぼったくりの構造をレポートしています。 もともとは2007年の秋くらいに読売新聞が、(リークによって)記事を出したのが、最初だったような気がします。

国土交通省の出先機関である全国8地方整備局が今年度、民間参入を進めるため公募方式による発注に切り替えた道路管理関連業務88件(総額32億円)のすべてを、同省OB57人が天下る財団法人「道路保全技術センター」(東京都港区)にこれまで通りの随意契約で発注していたことが、読売新聞の調べで明らかになった。 (2007年10月10日14時39分 読売新聞)

道路管理業務のひとつが、「路面下空洞調査」。 実は、調査能力がないのに、受注金額の三割をピンハネして(自民党、河野議員)、民間業者に丸投げ状態。 今までは、随意契約で独占受注。 問題になって、国土交通省は、入札を始めたが、入札条件を厳しくて、実質的にその天下り団体しか受注できない仕組みにしてしまい、昨年も、国土交通省の「総合的な審査」で、天下り団体が落札

しかし、昨年は、今までの丸投げされていた民間業者が入札に参加したため、違う業者に丸投げ。 この新しい業者の調査能力が低く、道路の危険を見逃したデータが多かったがことが判明。 見逃しただけでなく、調査自体がいい加減だった可能性も出てきて、てんやわんやという状況。

この典型的な、管轄省庁と、天下り団体による出来レースの、税金ぼったくり構図。 自民党の河野議員がかみつき、昨年度の調査のいい加減さを証明すべく、今まで丸投げの形で委託されていた業者を使って、再調査を実施。 
これで、いい加減な調査がバレてはいけないと、国土交通省が必至の抵抗。 つまり、今回のいい加減調査の事実が明らかにならないように、妨害工作。

そして、民主党の事業仕分けでも、この天下り団体が取り上げられ、自民、民主のダブルで、総攻撃が始まりました。

自民党の河野議員は、今日のメルマガで、自民党の金子国土交通大臣、および副大臣にケンカを売っています。 「これだけ状況証拠がある状態で、しかも権限がある大臣、副大臣が動かないというのは、どういうことだ?」と

本当にそうですよね。 大臣、副大臣は、官僚の見方。 有権者の見方ではありません。
大臣になって、国土交通省の役人が、大臣の選挙区に公共工事を落としてくれたという借りがあるのか、強いことが言えないのでしょうか。 見事に役人に、買収されているということでしょうか

自民党vs民主党でなく、「既得権に優しい政治家」vs「既得権に厳しい政治家」という区分けの方がわかりやすいです。 自民党の河野議員は、明らかに後者です。 50代以上が中心の既得権グループがタッグを組んで自らの既得権を守ろうとします。 それに戦う河野議員のような議員は、我々がしっかり支えなければなりません。

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繋がりたいのに、繋がらない

【若い人の、泥沼の不安】 NHK 青春リアル 09年6月14日

「他者からの承認」欲求が強いのは、ヒトとして当たり前の話ですが、若い人の場合、その欲求がより強いのが普通かもしれません。
なぜなら、自分自身の内的確かさ(自己を肯定的に受け入れること)が形成途中で、より他者の視線の影響が強いからです。

しかし、承認欲求が強いゆえに、その欲求をベタに出すことに対して、臆病だったりもします。
自分自身のすべてとまでは言わないけれど、より深いところを相手に認めてもらいたいと思っていますが、それが「重い」と相手から避けられたら、あるいは、「よくわからない」と相手から拒否にあったら、どうしようと、本能的に危機意識を持っていて、だからこそ、臆病というか、慎重になったりします。気持ちはわかります。

多くが臆病で、でも承認をしてもらいたいから、とりあえず表面的に繋がって、自分を受け入れてもらおうというのが、若い人の主流コミュニケーションのようです。
まさにノリの繋がり、時間共有・空間共有だけの繋がりで、極めて表層的です。
この表層的なコミュニケーションは、「それぞれのキャラを演じながら、周りに合わせる」というもので、ボケとツッコミや、短いメールの応酬など、私のようなオジサンには信じられないくらいの、高度な形式があるようです。

高度ゆえに、脱落する若者も多く、それが、退却的な引きこもりを生んでいたりもします
また、ついていっているものの、本質的には自分自身が受け入れられていないかもという漠然とした不安を抱え、でもこのスタイルを継続してないと孤独になってしまうという不安もあり、不安の板挟み状態で、閉塞感を感じている、真面目な若者も多いようです

そんな状況を踏まえて、教育テレビなりに、番組を作ったのが、6月14日の青春リアル。
「認めてもらいたい、受け入れてもらいたいから、必死に周りとコミュニケーションを取るけれど、取れば取るほど、その表層的なコミュニケーションに疲れ、ゆえに閉塞感を感じているのでは?」という問題提起がされて、「ぶっちゃけ、どのような繋がりを希望しているか教えてよ」と、問いかけています。

掲示板形式で、若者が考えをやり取りしています。
内容的には高度ですし、答えもないので、それぞれが、それぞれの意見を述べている感じで、いまひとつ盛り上がりにかける掲示板です。
良いテーマですが、真面目にとらえると、やはり大き過ぎるテーマなのかもしれません。

「ヒトとの関係性の中で、自分が生かされる」という意味は、歳を重ねるにつれ、深く認識していくもので、永遠のテーマでもあります
しかし、実際には、なかなか考えはかみ合わないし、相手の考えに向き合うのは疲れるし、自分の考えを説明するのも難しいし、うまく説明できない時は恥ずかしいしと、関係性を深くするのは難しいのです。
だから、面倒、うざい、表面的に取り繕うというのは普通です。
でも、面倒なやり取りを越えたあとに出来上がる関係性の「かけがえの無さ」は、本当に貴重なものです。 しかし、若い時は、その貴重さに気付かない

大林宣彦監督の名言、「ヒトは傷つき合って、許し合って、愛を覚える」ということですね。

番組を見ながら、そんな感想を持ちました。

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«社長が顧客を一番知らない、市長が市民を一番知らない