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2008年10月の7件の記事

別の視点で見た、光市母子殺害事件

【光と影~光市母子殺害事件 弁護団の300日~】 フジテレビ 2008.10.25

Hikaribosi地方局が制作したドキュメンタリーです。 この殺害事件を、被告の弁護側の視点で、見つめた番組です。

被害者の旦那さんの、、「情熱的だけれど、非常に落ち着いた感じで、自らの感情を、しっかりした言葉で伝える」姿勢が、あまりにインパクト強すぎで、それに引きずられて、ただでさえ、被害者の方に感情移入しがちの中、さらに被害者の感情にのめり込んでしまう事件でした。 私もその一人です。 マスコミも、その旦那さんのインパクトが絵になるので、集中的に報道しました。

事件の理解は、完全にテレビからの情報で、「残虐な少年が、自らの性欲のために、母子を殺害した。少年は、反省も少なく、どうしようもない。 そんな少年でも、死刑でなく、無期懲役という判決。 心情的には許されないのでは?」、「弁護団は、死刑廃止という、個人的な主義主張のために、この裁判を利用している」というような理解でした。 他の方もそうではないでしょうか?

しかし、このドキュメンタリーを見て、この認識が非常に偏ったものであるということを認識させられました。番組から伝えられた事実は、

・最高裁で少年の証言が変わったのは、弁護士が変わってから
・それまでの弁護士は、「少年に殺意があった」という前提で、弁護を組み立てていたが、
・新しい弁護士になって、少年から「殺意はなかった」という証言が出てきた
・警察の一方的な厳しい取り調べ、弁護側の事務的な対応などで、心を閉ざしていた少年が、新しい弁護士になって、気持ちを語るようになったので、弁護側の戦術が変わった
・少年は、父親の暴力がひどい家庭で育っており、最愛の母親も暴力を受け、少年が12歳の時に自殺。 少年は自殺した母親を直接見ている。 それ以後、精神的なバランスを崩している(精神鑑定医も、この背景と、精神構造を重視している)
・その少年が、新しい弁護士が登場してから、前向きに自分の気持ちを吐露し始め、被害者に対して謝罪を行うようになってきた(弁護士と、少年の手紙から。 それまでは、一切なかった)
・その他、事件そのものの事実、争点なども初めて知った事実がありますが、ここでは割愛します

こういった事実を知ると、事件が全く違うものに感じられます。
もちろん、被害者には、加害者にどんな事情があるにせよ、加害者に対して許し難い感情があるということだと思いますが、我々第三者には、驚くような事実です。

この番組を見て痛感しました。

・ひとつの視点(今回は被害者の視点)で、情報を取ると、事実を完全に見誤る
・テレビは複数の視点を提供しない、特に情緒的に盛り上がる内容については、多数派の情緒の視点で報道してします(視聴率の論理)
・テレビを見ている方も、自らの情緒的な感情が、テレビから流される情報で、さらに肯定されるので、思い込みを一層強くする
・認識が固定化され、その前提で、他の内容も見てしまう (今回は、少年の弁護団は本当に酷いなぁと思ってしまう)

テレビの恐ろしい力を認識しました。
もちろん、今回のドキュメンタリーの内容自体も、ひとつの視点に過ぎず、事実のすべてではないのですが、事実のひとつです。 複数の視点で見ると、モノの見え方は全然変わってきます。

このテレビの恐ろしい力を利用するのか、あるいは、この恐ろしい力を減退化させるべく努力をするのか?
政治家の基本スタンスとして、大きな違いだと思います。
個人的には、絶対に後者です。

ちなみに番組自体は、少年の弁護団の活動を通して、「世論の影響を受ける裁判」という制度の限界を伝えようとしたのかもしれませんが、それは45分ではちと難しすぎたかもしれません。 しかし、光市母子殺害事件の別の視点を十分に提供できています。 マスコミとして、立派な仕事をしています。 しかし、この番組が深夜3時に放映されるというあたりが、フジテレビ全体は「しょぼいマスコミ」という評価になってしまいます。


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絆を太くするコミュニケーション、大島鈴木夫妻

【幸せな結婚 大島鈴木夫妻】 AERA 2008.11.3

Oshimasuzuki
大島鈴木夫妻の事例を通して、幸せな結婚について考える記事です。 いろいろな幸せがありますし、幸せの定義も異なるので、「幸せな結婚」は永遠のテーマ。 だから、結局、大局的には「何でもあり」という結論になってしまうのですが、そういうニヒルな視点は置いておいて、夫妻の幸せをありがたく頂くことにしましょう。

記事を読んで、想像を働かすと、この夫妻の素晴らしさは以下の点かもしれません。

・夫婦の絆が、日々成長して、太くなっている
・絆が太くなるような、積極的なコミュニケーションが日々行われている
・積極的なコミュニケーションが日々行われるような、「非常に開放的な関係」が成立している

・表も裏も、苦しみも、楽しみも、気取りも、弱さも、何でもありの開放的な関係によって、お互いがお互いを深く知り、そして他には代え難い、貴重な関係であるということを認識し、さらに、その相手に対して尊敬を深めるという、コミュニケーションの良い循環が起きている

まとめてしまえば、
・量も多い、質も濃いコミュニケーション
・そのコミュニケーションを「大切なもの」として認識できる感受性を二人とも持っている
ということでしょうか?

個人的に注目は、「非常に開放的な関係」です。
「何でもあり」のコミュニケーションです。

・大島さんがたまたま見てしまった、鈴木さんのオナニーを、芸のネタにしてしまう
・大島さんが気取り過ぎて、芸にキレがなくなったので、鈴木さんが大島さんをバリカンで丸坊主にしてしまう
・交換日記をしている
・「今日はエッチをお願いします」と、大島さんが鈴木さんに単刀直入にお願いする
・「好き」を、目や耳でいっぱい確認したいから、何も隠さずに、ストレートに表現する(大島さん)
・「自分を、女として、芸人として、人間として」見てくれるのは、旦那だけ(大島さん)
・一緒にいる時間が、「とにかく面白い」から、すごく幸せ(鈴木さん)

ちょっと極端な例が並びますが、このレベルのコミュニケーションが日常であるみたいです。 濃いです。

大島さんの、「変に気取らず、自分をネタにしてでも、相手の笑いを取るという、(芸人魂的)ひたむきさ。 ひたむきさは、相手に対する優しさにも通じていて、こちらも気取りなしで、ひたすら、相手の喜びを取る」、そういった、直球の優しさ、ひたむきさが、素晴らしく、その素晴らしさを認めて、そして一層引き出しているのが、鈴木さんのような気がします。

大島さんの素晴らしさに気づく感受性を、鈴木さんはもともと持っていたと思います。 いろいろ、空虚な関係・コミュニケーションの経験を通して、「本当に大切なものは何か」ということを見つめて、結果として、「笑い」へのひたむきさ、「大切な関係」へのひたむきさに、心ひかれたということでしょうか?

ただし、そういった抽象的な部分を明確に自覚するのは難しい。 わかりやすい、「美人」「オシャレ」という部分で、関係を理解しようとしてしまいがちです。
だから、
・鈴木さんは、愛情より冒険心で、大島さんにプロポーズ
という側面もあったと思いますが、でも、その直感は間違っていなかったということでしょうか?

愛とは何か、愛を育むとは何かを、考えさせる良い話です。 一度、リアルに夫婦漫談でも、見てみたいものです。

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実は、厚生労働委員会が開催されていない!

民主党のやまのい和則さんという衆議院議員(京都)も、活動報告が充実している議員さんです。メールマガジンの形で、日々の気持ちを熱く訴えかけます。 先日ご紹介した岩永市議会議員とは、また少し違う感じの報告ですが、主張がはっきりしています。

そのやまのいさんの10月27日付けメルマガ報告を読んで、感じたものがありました。 彼のメルマガを要約すると、
彼が所属する厚生労働委員会(厚生労働行政に絞って議論する、国会議員の専門委員会)は、現在の臨時国会では、最初から開かれていない
・なぜなら、委員会で多数を占める自民党が、審議をいろいろな理由で拒否しているから(民主党は審議を要求)
・審議拒否の理由は、解散が近いということで、会議をやるよりは、選挙活動ということ。 だから国会にいるよりは、地元にいたい。 審議をやったら、地元に行けないということ
・本来は、国会会期中は審議をすることが仕事なのに、仕事をしないで、選挙活動をやって、普通に議員の給与をもらっている状態、こんなの許せないでしょう
・ちなみに、民主党の内部の打ち合わせ(民主党の厚生労働部会)は、しっかりやっています
という感じです。

すみません、厚生労働委員会が開かれていないということ、初めて知りました。 やまのいさんがおっしゃる通りだと思いますが、その事実さえも、知らなかった。
私は、比較的政治的な内容に興味がある人間ですが、それでも、そういう事実は知らない。

有権者は、そんなことを知らずに、地元で活動する議員さんを直接見ています。 普通は、直接見ることによって、親近感が上がります。 厚生労働委員会で、バリバリ意見を言い合うことをサボって、遊説していることなんて、まったく知らないで、「あ、議員さんだ」くらいの認識です。 でも、見ることによって、深層心理には影響があります。

この事実を実感しているからこそ、議員は、審議をやらずに、選挙活動をやるわけです。
もちろん、厚生労働委員会は、年金や後期高齢者など、自民党にとって厳しい内容が検討される委員会です。 したがって、選挙が近い中で、攻め込まれて、マスコミに取り上げられるよりは、審議を拒否してしまえという戦法は、戦術としてありです。

しかし、なんで、こういう大事なことを、マスコミは報道しないのかなぁ?
確かに、政治の仕組みを知らないと、ちと複雑なので、説明に時間がかかり、テレビ向きの内容ではないことは確かです。 だとしたら、せめて新聞くらいでも、、、

やまのいさんのように、正直に議員活動をしているのに、本来の仕事をしない、不誠実な議員が当選してしまうということがあるのは、我慢できない不条理です。

しかし、現実は不条理だらけ。 この不条理をなくすための、チャレンジをするのが、「意識の高い」マスコミの仕事だと思います。 わかりにくい話よりも、「選挙活動のバタバタ珍道中」の方が視聴率を取れると思うのですが、それでも、工夫して、「本質を伝える」という努力をしてもらいたいものです。

おもしろいだけで視聴率を取るより、おもしろいのに、きちんと本質が伝わっているという番組構成で、視聴率をとってこそ、一流のプロデューサーだと思います。 

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これぞ、議員の活動報告!!

【岩永ひさか 多摩市 市議会議員】 活動報告 2008.10.25

東京都多摩市に岩永ひさかさんという、市議会議員がいらっしゃいます。 彼女が凄いのは、平日の、毎日の活動報告(ブログ形式、しかも、movable type)です。 しかも、その内容は、かなりの分量です。 政治家の活動報告で、最も継続的で、かつ内容がある(内容が具体的、意見を具体的に表明している、精神論ではない)活動報告だと思います。 

こういう報告を、すべての議員に「義務」とすべきです。
こういう活動報告があれば、有権者は、どんな選挙公報よりも、投票決定の材料として利用可能です。

全体的に、内容の薄い活動報告が多い政治家の方ばかりなので、岩永さんの活動は本当に秀逸です。ご本人はどんな方か知りませんが、写真を見る限り美人です、笑。 男は、ビジュアルに弱い、笑。

その岩永さんが、10月25日に、「地域スポーツクラブ」という文科省&地方自治体事業(といっても、数十万円の予算規模)の視察報告を行っています。 私の町にも、地域スポーツクラブというのがあって、こちらは小学生と高齢者が中心となって、行われています。

彼女の報告をまとめると、
・(コミュニティ活性化&健康増進のために)地域のスポーツクラブを推進しようという考え方を否定しないが、
・それを国が推進すること自体がナンセンス。 自治体それぞれの事情があるので、自治体が考えて、それぞれの方法でやれば良いという、まさに中央集権の弊害事業
・必要のない事業でしょう

「はっきり」結論を述べているあたりが、気持ちいい。 これが、他の議員の視察報告になると、「地域の活性化のきっかけになるのでは?」、「子供が生き生きとスポーツしており、好ましい」、「地域のニーズにあわせて、行政がサポートすべき内容を再検討すべき」という、本質とずれた報告をしがちです。
行政の事業は、そうは言っても、「少しの効用、効果」はあるわけで、この小さな効用にフォーカスするよりも、そもそも「小さな」効用のために、予算を使うべきなのか、優先順位は高いのかという視点で、考えてもらいたいです。 

民間でも、先細りのお客さんから、少しでも売上を上げることを検討するより、そもそもそのお客さんを見切って、新しいお客さんを開拓する方が、戦略的に正しいのです。 こういう視点でものを語るのが役員=議員さんで、担当営業マン=行政実務者の視点で、ものを考えてはいけません。

ちなみに、わが町の地域スポーツクラブですが、極々小さい規模で盛り上がっています。 いわゆる当事者だけ、笑。 一部の高齢者にはなくてはならない「ゲートボールサークル」になっていますが、おそらく該当者は、65歳以上の地域住人4500人のうち、40名くらい。 1%弱。 これって、どういう判断をすべきなんでしょうか?

しかも、このサークルが中心となって、(小学校)グランド利用が決定されるため、小学生の野球、サッカーチームが、別の時間に押しやられています。 この地域スポーツクラブの代表者が、高齢者なんです、笑。小学生が優先か、高齢者が優先か、本当に世代間の戦いだ、笑。
(私は、闘って敗れました、笑。 行政は、彼に一任しているので、彼に権限があるということです)

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地方で医者をやるとハッピーか?

【色平哲郎 地方の医師不足、その本当の原因とは?】 日経メディカルオンライン 2008.10.6

長野の田舎で、在宅医療をやりながら、「医療の本質」を問い続ける、哲学系医者の色平先生です。今回は、佐久総合病院の長先生の投稿を引用して、地方の医師不足の本質を問いかけます。

・地方の意思不足の本当の原因は、新臨床研修制度ではない。 それは引き金
・そもそも地方の医学部の学生の過半数は(経済的に余裕のある)都会出身者
・都会出身者が、医局を飛び出して、都会の研修病院を選択するようになったから、地方に若手医師が減った

という長先生の趣旨を、「その通り」とまとめています。

・以前から地方は医師不足であったが、
・「地方の医療を守る」という「公共的使命」のもとで、医局が医師を囲い込んでいたが、
・今はその囲い込みができなくなり、個人的に生きたい「病院」に行くようなる
・そうなると、「地方」は見向きもされなくなる
・「地域の医師は、地域が育てる」という発想で、行政も学生も、医療に携われないか? 

と、医療は地域密着、医療は公共の部分が大きいという彼の哲学に基づいた意見をまとめています。

早速コメントがありますが、色平先生の意見に対して否定的なものが多いです。

・地方(大学)病院が、そもそも魅力がないから、ダメなだけ
・魅力がない理由は、病院経営を前向きに取り組まないなど、自業自得の部分もある
・結局、待遇や生活環境を含めた、地方と都会の格差が、医師不足の根本原因
・使命感だけで、医師を地方に勤務させるのは、難しい

どうして、医者は地方の病院で働かないのでしょうか? 
待遇の差、勤務環境の差、生活環境の差、いったいどこにあるのでしょうか?
もし、すべてがあてはまるならば、地方に医者が行かないというのは構造的な問題です。
 この辺を明らかにしてもらいたいですが、この問題、例えば地方の公立病院の問題等は、感情情的な議論、報道が多いような気がします。 マスコミは、「お年寄りが苦しんでいる」というお涙頂戴の方が視聴率がとれるのだと思いますが、「どうして、ドクターが(公立)地方病院に行かないのか?」という構造的な問題を、報道してもらいたいです。

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お金に寄り添うと、根腐れ起こすわ

【マツコ・デラックス お金があると、根腐れするのよね】 論座 2008年9月

Photo_3 朝日新聞の月刊論壇誌ですが、マツコ・デラックス女史のインタビューを、たまたま拝見。 かなり、いいです。 愛と毒がバランス良く混ざっていて、すぐに単行本をアマゾンでクリックです。

CanCamのような女性誌の評論を求めたインタビューなんですが、結果としては、文化論になっています。 のっけから、自分の否定です。 

テレビでものをしゃべっているなんて、人間として最下層よ
「安全地帯から発言している自分が、凄く嫌なのよ今」
「書くこともユルくなってきて、嫌」

いやぁー、ストレートです。 そして、返す刀で、

「新聞社や出版社に勤めている人間だって同じ」
「お金のために製作、報道しているのはわかるけれど、その顛末を自覚的にやっているの? (やっていないね。 100%お金儲けの視点しかないね)」

欲望や不安を煽りながら、「理想の自分像」や「理想の社会」をネタにカネ稼ぐことは悪くはないけれど、それが100%になったら、おしまいじゃないか? 確かに、そうならざるを得ないのかもしれないけれど、それに自覚的にならないと。

その欲望や不安の根源を突きつけるとか、欲望や不安に簡単にコントロールされてしまう庶民に厳しく説教するとか、資本主義とか、消費主義のエンジンとなるベタな欲望に寄り添い過ぎてしまっている現状に、「喝」を入れるようなこと、できないのかな?

根源的な欲望や不安にベタベタに付き合ってカネ儲けするのも、もちろんOKだけれども、それに自覚的になって、カネにはならないかもしれないけれど、踏ん張って「抵抗する」部分もあっていいんじゃないの? 100%カネ儲けの視点でやったら、欲と不安を煽るだけで、本質的な意味で、世の中に必要ないんじゃないの?

頭のいい人たちの、自覚と覚悟が足りないのよ。 根腐れ起こしているわ。

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若者の、「不安とあきらめ」

【違法状態に対する、あきらめ】 世界 2008年10月

Photo 「社会的に弱い立場にある若者」を救うNPO団体の代表今野晴貴氏による、若者の労働実態調査論文です。 調査対象に偏りがありそうなので、大きくは取り上げられにくい内容だとは思いますが、非常に大事な問題提起をしている、良い論文だと思います。

ぜひ、政治家は世界10月号を読んで頂きたいのですが、私の方でまとめてみると、

・サービス残業や、残業代の不適切な計算などの違法状態の労働経験が3割以上(現状が違法であるという認知自体が少ないかもしれないので、違法状態自体はもっと多いか?)
・しかし、相談はするものの、ほとんどが「何もしない」
・定期昇給も賞与もない正社員が、調査では25%いた。 派遣社員も加えれば、「給与が将来的に上がらない」若年労働者が、軽く3割は越え、4割にせまるのでは?
・この追い込まれた状況に対して、若者の対応策は、「転職」。 しかし、転職で事態は打開しないと著者
・追い込まれているが、「やりがい」は感じている
・「顧客に喜んでもらえる」「いいものを作っている」という奉仕の気持ちから、やりがいを感じている
・しかし、漠然とした不安は抱えており、事態を変えたいと望んでいるが、「自己責任論」を受容し、日々の真面目な労働と、全体的には「不安とあきらめ」が覆うという、厳しい状況がある
・この「どうしようもない現実」、「精神的にしんどい現実」を克服するには、同じ境遇同士で、集まることが大事では?、既存の労働組合では、この機能は果たせない。 新しい集まりが必要だ

という感じでしょうか?

絶対的な数をしっかり調査すべきだと思いますが、「給与が将来あがらない(かもしれない)」という境遇の若者は、実はかなり多いかもしれません。 派遣という労働形態でなく、正社員でもこれが起こっているという指摘は、良い指摘です。

確かに、中小企業の一部では、定期昇給がほとんどないという事態に直面しているという感覚はあります。 減り続ける売上では、当然だと思いますが、売上が減り続ける中小が多過ぎるのかもしれません。中小が多い、建設土木、流通(小売・卸)、外食が構造的にマイナス成長なので、過当競争の中の体力勝負になっており、業界として給与が上がらない状態になっています。

マクロ経済が大幅にプラスであれば、多くの給与も上がるわけです。 またマクロ経済がプラスだと、(普通)インフレも起こるので、名目の給与も上がります。 実質も名目も、給与があがる、いい時代です。 しかし、マクロ経済がトントン、あるいはややマイナスとなれば、給与はあがりません。 インフレになれば、実質購買力も下がるので、厳しい状況です。 この半年は、まさにそういう傾向です。

物価はジワッと上がるけれど、給与は上がらないという、マイナス成長経済では必然的な事象が、まず若い人の間で起こっているというわけです
マイナス経済成長では、構造的な内容なので、政策的には、
・この構造を受け入れた上で、社会的にどう対応するかを考える
・この構造は受け入れられないので、プラスの経済成長を試みる
の2つの方向性しかありません。

現状は、後者の選択になっています。 しかし、難しい内容です。 国内消費か輸出が劇的に増えるかのどちらかですが、両方ともすぐにどうにかなるというわけでもないので、短期的な政府支出を拡大する(ばらまく)政策になりがちです。 確かに効果はありますが、将来的な負担増加を増やすだけで、本質的な経済成長に繋がりません。

マイナス成長の中で、最もキツイ状況に追い込まれるのが、社会に新規で参入してくる若者です。 (既存の社員をクビにできないから、入ってくる若者を削減します。 公務員がまさにこの構造です) 欧州では、この構造があり、大きな社会問題となりました。

日本ではどうなるのでしょうか? 複雑すぎて、全体の解を見つけることは容易ではありません。 しかし、この問題に、正面から取り組むことが政治家の仕事なのだと思います。

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