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2009年3月の7件の記事

知事選挙が終わりました

Photo 知事選挙が終わりました。 新聞社の出口調査から、票の流れを推測してみましょう。

上位3人で約200万票で、森田102万、吉田64万、白石35万です。
支持政党が完全に決まっている、あるいはだいたい決まっているという基礎票は、自民で40万前後、民主で40万前後、公明で25万くらいと想定され、そうなると、支持政党特になしという無党派がおよそ100万票集まったという感じです
(ちなみに、今回は投票率45%、投票率1%で5万票です)

この無党派をどれだけ取るかで、勝負が決まるのですが、通常の国政選挙では、45から50%民主党が取ります。 しかし、毎日の出口調査によると、今回の知事選挙では、森田が45%取り、民主党の吉田は24%。 この時点で、20万票の差です。

今回、自民が森田、白石と、2つの支持に割れたのですが、北西自民議員の支持が多かった森田が結局、知名度の良さも生かして、自民(保守)基礎票の7割以上をおさえ、白石はわずか2割弱と、予想以上に基礎票が森田に集中しました。 無党派と基礎票で森田80万票以上と、この時点で勝負ありです

しかも、今回、民主の基礎票さえも、3割弱が森田に流れたそうで、これで森田100万票達成です。

白石は、公明の基礎票で8割程度、自民基礎票2割弱、無党派1割強と、完全に公明だけで終わりました。 これは予想を下回るくらい、酷い数字です。 森田の芸能人パワーに、「明るいオバサン」はキャラかぶりで、完全に埋没してしまったんですね。 森田の「明るい」「元気」イメージが強烈なので、完敗でしたね。 勉強になります。

ということで、森田県政が始まります。
官僚天国でしょうね。 森田は悪い人では決してないのですが、組織運営のキャリアがまったくないので、身近にいいスタッフがつかないでしょう。 おそらく「イエスマン」と、「良い人だけど仕事が仕切れない」スタッフが集まるだけです。

ということで、官僚の現状維持と保身の行政運営と、自民の陳情政治という、ごくごく普通の日本型行政になるのは間違いないでしょう。 
森田の関心のある分野(大きなイベント、警察、表面的な教育)は、それなりの動きがあると思いますが、医療、介護、本質的な教育問題、弱者支援という、最も大きな転換が求められている部分は、ほとんど進化がないというか、場つなぎの運営で終わるでしょう。 大事な分野で、停滞の4年が始まります。 堂本が頑張った環境関連(=アンチ開発)も、マスコミが取り上げないと、ズルズルともとに戻っていくかもしれません。

これが豊かな時代の民主主義です。 大きな不満がなくて、(体制を疑うという)教養もなければ、投票行動(政治活動)に時間を使うより、自らの幸せや楽しみのために時間を使う方が合理的です。 そうなると、投票基準はイメージです。 しかし、イメージと中身は違うのは、ごくごく想像できることだと思います。

いつまで続くのでしょうか。 

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ジャーナリストと、政治家の美学

民主党は何気に、議員立法の提出本数が多いです。 本数が多ければ良いというわけではないけれど、よくやっているなぁという印象です。

京都のやまのい議員によると、今週、介護労働者賃金引上げ法案、年金遅延加算金法案、年金記録訂正促進法案の3つが国会に提出されたようです。
現実的には審議拒否にあってしまうと思いますが、どれも、有権者には納得感の高い法案です。
しかし、どれも現状をひっくり返す内容なので、現状維持志向の官僚と一体化している自民党には飲めない内容だと思います。

新聞は、こういう法案の考え方対決について、もっと分析記事を書いてもらいたいのですが、政治欄の記事は、小沢の進退がどうのこうの、副大臣の辞任が政局に与える影響がどうのこうのと、相変わらず、政局記事ばかりです。
確かに、政局記事の方が、読者は「おもしろい」と思うので、ニーズにはあってはいますが、そのような安易なニーズ適応していたら、いつまでたっても、民度はあがりません

政治に興味はある人はたくさんいるのですが、情報が少ないので、その興味が覚醒されていないだけです。
政治に対する不満・不安はいくらでもあるけれど、その内容が複雑で「うまく理解できない、だからうまく表現できない」ゆえ、くすぶっているだけです
言葉を知らないで、自分の感情を表現できない子供みたいな状態です。

ジャーナリズムが、わかりやすく情報を提供すれば、覚醒する有権者が多いはずです
ジャーナリズムは、ジャーナリズムの美学を追求してもらいたいです。
そもそも、美学自体がないから、永田町の実況中継でお茶を濁しているんですよね
権力の悪さを暴くという、第三者牽制機能的な部分もどんどん衰えていて、今回の西松建設報道でも、自社調査がほとんどなく、関係者のヒアリング情報で、紙面を構成しています。

優秀な人たちなりの、ストイックさをもって、仕事をしてもらいたいです。
新聞記事のクオリティーは、競争原理の働く部分が小さいので、「内発的な質向上へのストイックさ」だけが頼りです

破綻する前に、政策論争をまともにできるようになれるのか? これが、民主主義政治の現実的な、最大の課題だと思います。
破綻すれば、有権者全員に影響が出て、政治が一気に身近になるので、普通に政策論争が始まります。
政治が微妙に、生活から遠いところにある時、つまり破綻の前に、落ち着いて政策論争ができるか?

きっと、できないんでしょうね。 この現実を踏まえて、エリートは、自らの「ストイックな美学」で、民主主義を運営する必要があると思います
有権者の関心の薄さ・弱さにつけ込んで、「ずる賢い処世術」で政治屋になるのでなく、「公にとって一番良いこと」という「ストイックな価値観」で政治家になる人が増えることを望みます。 我々は、そういった政治家を、しっかりレスペクトしていきましょう。

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「政治と金」への、根深い嫌悪感

Photo_2 小沢民主党代表、公設秘書による政治資金規正法違反事件の件ですが、その意味と、政治的インパクトは全然違います。

政治家から見れば、「政治家に対する実質的な企業献金は、大なり小なりよくある話で、今回がアウトならば、多くの政治家もアウトになりうる」という感想を持っていて、「自分が刺されたらどうしよう?」という心配と、その裏返しで「この程度の違反は、大きな問題でない」という感覚を持っています。
だからこそ、民主党の政治家は、「代表を辞任するまでの話でない」ということになるし、小さい違反に対し、わざわざこの時期に、秘書逮捕という形の強制捜査は、「権力の背景を感じる」というコメントになるわけです。

事実は、確かにその通りです。 
ちなみに、政治資金規正法自体がザル法で、企業献金を全く規正できていません。 いくらでも、合法的に迂回ルートを作れます。 民主党の新しい議員が、この迂回ルートをつぶすような厳しい法案を検討していますが、自民党だけでなく、民主党を含めた古い議員(現在、権力を持っている議員)は、反対をしています。 政治と金の問題は、全く解決されないまま、今に至っています。

事実はそうでも、有権者の多くは、そういう解釈をしていません。

有権者は、「政治家は多くの献金をもらうかわりに、必ず何らかの便宜をはかっている」と、数々の事件から、根深い「思い込み」をしています。 だから、記載違反とかの問題でなく、数千万の献金が、しかも土木会社から出ているという時点で、「怪しい」と思うわけです。
その「怪しい」と思う直感と、強制捜査というイベントがくっついただけで、「小沢は、他の政治家と同じように、献金をもらうかわりに、利益供与を、(目に見えない形で)やっているに違いない」と、自動的に発想するわけです。

かんぽの宿のオリックス売却と同じです。 売るべきと判断したヒト(オリックス会長)と、買ったヒト(オリックス)が同じヒトであれば、そこにどのようなロジックがあっても、「やっぱり怪しい」という、自動的発想につながるわけです。 そういった疑念が出たら、様々な細かいニュースも、その疑念をサポートする事実になってしまいます。 

要は、「火のないところに煙は立たない」ということです。 有権者は、「政治家とお金の関係は絶対に怪しい。 特に、土木会社との結びつきは絶対に怪しい」と思っているので、それに関連するネタが出た時点で、自動発想です。 「金に汚い政治家」というレッテルが貼られます。

だから、法的にどうであれ、有権者は「小沢は、お金に汚い、古い政治家」とイメージします。 民主党の改革イメージが低下します。 民主党は、早めに「お金がらみの古い政治家」から、「お金にクリーンな新しい政治家」を党首に立てる必要があります。 (有権者は時間が経てば忘れてしまいますが、少なくとも、衆議院選挙までは覚えているでしょう)

民主党はそういった判断ができるでしょうか。 おそらく、できないでしょうね。 民主党でさえも、組織の内部のロジックで、今回の事態を乗り切ろうとするはずです。 「今回はの逮捕はたいしたことない」というロジックです。 しかし、組織の外部、つまり有権者はそうは見ていません。 言い訳すれば、言い訳するほど、見苦しくなります。 それくらい、「政治家と金」に関して、有権者は根深い嫌悪感を持っているわけです。 まさに、地雷を踏んで(踏ませた)しまったわけです。

この1週間、どのような展開になるでしょうか?

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外見オンチとの向き合い方

【山中登志子 天然ブスと人工美人、どちらを選びますか?】 光文社新書

Photoかなり直球というか、自分のコンプレックスと向き合った本です。 著者はクレバーなので、通常、過剰反応しがちのコンプレックスを相手に、淡々と向き合っていますが、それでも、その様々な切り口、内容に、著者の闘志を感じる、勢いのある本です。 (この本をピックアップした私自身も、外見に対する過剰な意識があるということの裏返しなんですが、笑)

著者は、コンプレックスを、「外見オンチ」と呼んでいます。つまり、「女性は美しいことがすべて」という世間の価値観が刷り込まれた自分にとって、「自分は美しくない」という自覚をした時点で、外見に対する意識が、いい意味でも悪い意味でも過剰になった状態です。

この過剰な意識を武器に、世間の「美のヒエラルキー」の構造に切り込んでいきます。

まずは、いろいろなフォローがあっても、「美の格差社会」では、一瞬の見た目で高評価が得られる美人のほうが生きやすいと断定します。 ただし、ミスコンの森理世の「ぱきぱき」美人、山本モナの「キャラがはっきりしない」美人、スザンヌの「癒し系」美人の例を出して、「癒し系」かわいい美人が、最も受けが良いと分析しています。

そして、そもそも美人は、人工でもOKなのか?と問います。

見た目よりも重要なことはたくさんあることはわかっていても、世間が美に優越的価値を認めるので、合理的対応を取ろうとすれば、整形もありなのか?、それでも、整形手術によって社会的地位を上げようとする動きに対して後ろ指差す社会の二重構造もあり、どう立振る舞うべきか難しいという、韓国の映画監督のコメントを紹介しています。

そして、日本の有名な美容外科医のコメントも紹介しています。「整形で幸せにはなれないけれど、幸せになれる機会を得ることはできる」と。 要は、整形でつかんだ美だけで、幸福感は充足されないけれど、その美をきっかけに、幸福感をつかむ可能性は一気に広がると。

そして、様々なコメントを紹介しながら、見た目の美に価値をおく「物質的価値観」と、そのアンチで「生き方」や「性格」に価値をおく「精神的価値観」の両極のどちらかに、考え方の比重を置いてしまうヒトが多いのでは?と結論付けています。 物質的価値観は現実を反映しているが、それがすべてでないし、物質的価値に反発して精神的価値を強調し過ぎても、現実から少しずれているのも事実であるしと。 現実と本質で、美と向き合おうよということでしょうか。

この本の凄いのは、最後の章で、「外見オンチ」という過剰な自意識の源は、実は、脳下垂体腫瘍、病名アクロメガリー(先端巨大症)という難病の発病だっというカミングアウトです。 (実は、このことを数年前にカミングアウトし、患者同士のネットワークつくりに活躍されているようです) 

普通に生きていれば、女性らしさの自尊心、つまり「きれいな女性」というものに、自らが向き合うようになりますが、病気になった山中さんは、その「女性らしさ」を獲得できないことに、大きく悩むようになります。 その悩みは、自分自身に刷り込まれた価値観によるものであると同時に、同じような価値観が刷り込まれた男性たちの、残酷で、露骨で、配慮のない、言葉、視線、対応であっととも記しています。

このコンプレックスと、ようやく普通に付き合えるようになったけれど、「外見オンチ」が生き辛いことに変わりないと。 社会の方も、そして男性の方も、もうちょっとバランスが取れないのかねぇと。 

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実は選挙が始まる前に、だいたい当落は決まっている

前回のエントリーで、全体を左右する浮動票層と呼ばれる有権者は、「ちょっとした情報」で投票判断をするという話をしました。 今回は、その「ちょっとした情報」をどのように伝えるかというテクニックの話です。

しかし、選挙活動中は、公職選挙法で活動方法が規制されていて、実は、テクニックといっても、たいしたことはないというのも事実です。 インターネットや携帯を利用したものは一切NGですし、自由にチラシを作れるわけでもなく、枚数も限定されます。 できることは、掲示板のポスターデザイン、街頭演説、選挙カー演説、(首長選に限って)わずかなチラシと、本当に手段は限られています。

選挙期間中にできることは限られているので、だからこそ、「選挙が始まる前に体勢が決まっている」と言われるのです。 選挙前に、どれだけ活動をして、どれだけ認知と理解が広がっているかということです。 (しかし、10万票以上集めなくてはならない選挙では、なかなか難しい話ですが、1万票以下くらいのレベルだと、まさに選挙前の活動量で決まります

今回の千葉県知事選挙では、芸能人vs民主党という構図が決まっていて、「吉田平=民主党」という内容の認知および理解をどれだけ上がられるかが、今回のポイントということが明らかでした。
(ちなみに、選挙期間中に、かなりのマスコミ取材(ニュース)が入ると、マスコミの影響で構図に変化が起こります。 マスコミが入る場合、争点がはっきりしているので、多くの場合、追っかける方がマスコミの影響をポジティブに受けます)

したがって、吉田陣営は、人の多いところで、吉田本人に話をさせて、「民主党」と「吉田平」を連呼し、「経営者」のイメージを出して、「民主党出身の」「改革リーダー」であることを、認知・理解してもらうことに尽きます。 

実際には、有効投票の半分以上を占める北西部で、ヒトが多いところで街頭、街頭、街頭演説、これに尽きると思います。 朝・夕は通勤者に向けて駅で演説、昼は(支持者が関係している)様々な会合で個人演説をすることです。 こういった場の設定が、重要なテクニックのひとつです。 (選挙カーの名前連呼もありますが、都市型では、全く効果ありません)
しかし、それでも期間は短いです。 3ヶ月くらいやらないと、百万という単位で伝わらないでしょう。大型選挙の難しさです。

ポスターやチラシのデザインも、大事なテクニックのひとつです。 中身よりぱっと見の印象です。 キャッチコピー、色使い、余白を含めた全体デザインで、「改革リーダー」のイメージを伝えることができるかどうかです。 これに答えはないのですが、まさに「クリエイティブの世界」です。 意識して作っているか、作っていないかで、差が出ます。 千葉県知事候補の3人のうち、一人は、あまり意識して作っていないですね、笑。

それから、最も効いてくるのが、候補者のルックス。 これが「改革リーダー」っぽいか? つまり、誠実で、力強そうか? 誠実とは、真面目、若々しさ、さわやかさなど。 力強さとは、明るい、元気、体力ありそう、意思が強そうなど。 ルックスで一番は、やっぱり森田、さすが芸能人。 次に白石でしょうか?

結局、選挙期間中にできることは、限られていますし、結構地味です。 選挙で大事なことは、選挙の構図がどうなっているか正確に認識し、その中で、どういったイメージを作り出し、それをどうやって伝えるかという宣伝計画です。 この宣伝計画がしっかりできた上で、街頭演説などの効果が大きくなっていくし、逆に宣伝計画が失敗していると、街頭演説の努力が無駄になりかねません。

今回の千葉県知事選挙ですが、どの候補者も、「現状を改革する」というメッセージを出し切れていません。 そもそも「千葉県県庁」の「改革とは何だ?」という、わかりにくい背景もあり、改革の象徴となるテーマが見つけにくいという事情もあります。 
ただし、最も大きな理由は、候補者3人とも、既存の組織(既得権団体)にそれぞれ支えられているという背景があるから、現状の改革を強く言えないのです。 大型選挙の宿命です。

そのような千葉県知事選挙ですが、森田リードが続いているようです。 個人的には、中身のある吉田平に当選してもらいたいのですが、私ができることは、町会の皆さんに声をかけるくらいです。 10票くらいにはなるかな?

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「改革リーダー」のイメージを演出できるか?

千葉県知事選挙が始まっています。
千葉県知事選挙は、有権者数500万前後、45%前後の投票率で、220万強の有効投票の奪いあいです。

当選するには、何十万票が必要ですが、わずか2週間程度の選挙期間では、本人の話をじっくり聞くという機会を持つ人は、1万人もいないでしょう。 したがって、ほとんどのヒトは、ちょっとした情報で、投票決定をしています。 常に同じ政党に投票するヒト(固定票)もいますが、千葉の場合は、100万票もないでしょう。 したがって、有効投票の100万票以上は、「ちょっとした情報」による投票です。

そこで、選挙コンサルタントは、この「ちょっとした情報」をめぐって、様々な知恵を振り絞ります。 ポスター、チラシ、キャッチコピー、演説場所、演説内容など、微細なこだわりをもって、「ちょっとした情報」の中に、伝えたい内容を盛り込みます。そして、「ちょっとした情報」のキラーコンテンツは、候補者の顔と、プロフィールです。 

こういった「ちょっとした情報」が、浮動的な有権者のニーズとどれだけマッチしているか、そして、その「ちょっとした情報」をどれだけ広く深く伝えられるか、これが選挙運動の肝となります。

したがって、「ちょっとした情報」を分析すること、つまり浮動的な有権者のニーズとのマッチ具合を分析することによって、選挙が始まった時点で、大方の当落を予想できるのです。

浮動的な有権者のニーズですが、今回は特定の争点はなく、したがって、『「アンチ現状の仕組み」「アンチ堕落した役人&政治家」を踏まえた、現状を改革してくれるリーダー』が、基本的ニーズです。 要は、このリーダー像をイメージさせることができるかどうかがポイントです。

Photoその中では、森田健作が頭一つ抜けています。 認知率が高く、かつ「元気(なリーダー)」という、芸能人からのイメージを背負っていて、「改革リーダー」のイメージとのシンクロが一番高いです。
マニフェストや演説内容を聞くと、中身がからっぽですが、選挙は政策のクオリティーではなく、演出なので、(争点以外の)中身は実はどうでもいいのです。

吉田平、白石真澄は、森田健作と比べると圧倒的に認知率が低く、「ちょっとした情報」をどれだけ浸透させることができるかによります。

Photo_2 吉田平の「ちょっとした情報」は、「民主党推薦」です。 民主党は、改革に近い政党というイメージを持たれています。(H19の参議院選挙の千葉における比例では、民主110万vs自民74万で、民主圧勝です) この情報に、「いすみ鉄道の改革社長」、「民間出身で、数々のアイデアマン」という個人的プロフィールから、「経営感覚を持った若手」という情報をかぶせて、勝負しています。 現職の堂本知事の後継者というネタもありますが、それは逆に改革リーダーのイメージとマッチしないので、状況によって使い分けています。 吉田平は、結局、「民主党」というブランドの神通力です。 
また、49歳と若いのですが、写真の見た目がオジサンで、改革リーダーっぽくないのが、もったいないです。

Photo_3 白石真澄は、テレビコメンテーターの仕事をしていたので、認知率は若干ありますが、若干に過ぎません。 彼女の「ちょっとした情報」は、「女性」です。 女性は、「アンチ現状」のイメージとかぶります。(現職の堂本知事は、このイメージを活用しました) マニフェストも、財政を「家計簿」と呼んで、女性らしさをアピールです。 しかし、この「女性」視点もだんだん陳腐化してきており、3人の中では一番弱いです。 また「学者」というプロフィールを活かして、改革能力をアピールしますが、関西大学では、千葉ではいまいちです。

こうなると、芸能人森田健作と、民主党吉田平の争いになります。 大阪では、芸能人橋下徹が、民主党に圧勝でしたが、森田健作に、橋下知事のような、「改革リーダー」のイメージはありません。 したがって、本来ならば、芸能人と民主党、互角なのですが、小沢事件で、民主党は評判を落としました。 
これで、森田健作が頭一つリードだと思います。 最後の一週間で、小沢事件で進展があれば、森田健作の逃げ切りかもしれません。

それから、若干遅れ気味の白石真澄ですが、なんと、大阪橋下知事の直接応援の露出が増えてきました。 本日(3月20日)、橋下知事による、白石真澄応援の法定チラシが折り込まれています。(選挙活動でなく、政治活動チラシなので、白石真澄の名前も写真もありません。 したがって、わからない人にはわからないチラシです、笑) 橋下知事の応援は、インパクトあります。 橋下知事の応援の認知が上がっていけば、票は上積みされるかもしれませんが、本人が毎日街頭に立たない限り、認知は上がらないでしょう。 つまり、影響は軽微ということです。
しかし、白石真澄には、公明票30万があるので、なんだかんだで60万票取ってしまったりする可能性があります。

ということで、森田と吉田が競いつつ、白石が遅れておっかけるという状態だと思います。 80万票前後の争いで、来週の小沢事件の動き次第という展開になってきました。 動きがあるならば金曜日。 膠着状態のまま投票日を迎えたら、森田、吉田で接戦か?

しかし、マニフェストのことを一切触れずに、投票予測をしています。 でも、事実はそういうことなのです。 我々の民度を上げるしかありません。

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経済成長が止まると、まず若者が餌食に

【若者危機】 東洋経済09.1.10

Photo 現在の20代が、かつての20代に比べて、経済的にあまり恵まれていないということを特集しています。
前半のデータが、20代の経済的、社会的な苦境を示しています。

・15から24歳の失業率が、2003年にピークの10%、その後8%まで下がったが、再び上昇傾向か?
(ハローワークでの求人が前提)
20歳前半の非正規雇用比率は、07年で43%、20代後半で28%
・派遣社員の50%強が、年収200万未満、契約社員の40%強が年収200万未満
・非正規社員の40%は雇用保険に加入せず、50%以上は厚生年金にも加入せず
・29歳以下のニートが、40万人以上
・20代後半男性の64%、女性の56%が親と同居(→未婚者の多くがパラサイト)
・大卒の35%は、3年以内に退職

大前研一氏は、「甘い、もっと頑張れ!」と檄を飛ばしますが、城繁幸氏は、「若い人には、生きにくい世の中になった」と、構造的な問題を指摘ましす。 城氏の主張は、
業績の厳しさから、給与が上がらなくなってきたが、年長者の給与が高止まりのまま下がらず、一方で20代の給与が低いまま、据え置きされてしまっているという、世代間格差が出ている
・さらに正社員数を減らし、派遣・契約社員を増やした。 その受け皿が20代で、景気変動の影響をモロに受けるのも20代

私も、城氏の意見の方に分があると思います。
経済成長がほとんどない状態で、かつ利益志向が強くなった時代では、技術もなく、意志も弱い若者に、厳しい風が吹きます。 会社は即戦力を求め、また単純作業は派遣やアルバイトでやりくりしようとすることは当然です。 その企業の合理的対応が進めば進むほど、若者が苦しくなっていくという、何ともやりせない構造があるわけです。

もちろん、収入の少なくなった若者が増えれば、若者市場も小さくなるわけで、車、アルコール、旅行、ファッションなど、若者市場が小さくなって、逆に企業は苦しんでいるという、因果応報の話もあるようです。

「格差社会」の山田昌弘教授は、「中高年は早く引退して、まさに派遣契約社員となって、若者に活躍の場を譲れ!」と唱えています。(「あんたこそ、早く教授のポストを譲れ!」と、ポストドクターの叫びも聞こえますが、笑)

この問題は根深いです。 実は、経済成長がずっと前に停滞し始めた欧州で見られた内容に近く、欧州はいまだに試行錯誤です。(15歳から24歳の失業率は、英国で14%、フランスで19%、ドイツで12%)

基本的には、職業訓練を公的な負担で行い、できる限り「即戦力」に近づいてもらい、就職してもらうというのが政策の根幹です。 しかし、数字で見る限り、大きな改善は、欧州では見られていません。特集では、成功例としてオランダの事例をあげていますが、オランダは仕事におけるパート比率(つまり非正規比率)をあげて失業率を下げてます。 こういう解決の仕方もありですが、日本では議論が必要です。

この問題に対する打ち手のイメージは、全くまとまっていません。 
本田由紀教授は、この厳しい状態が続いた若者には、「諦念ともいえる無力感」が漂い、次の活動のための「頑張る」動機さえ調達できなくなってきていると嘆きます。

経済成長が止まった社会の、大きな問題です。 もっと勉強します。

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