« 2009年5月 | トップページ | 2009年7月 »

2009年6月の21件の記事

新しい横須賀市長のマニフェストは、わかりやすい

【横須賀市長の、当たり前の内容だけれども、わかりやすいマニフェスト】

2 横須賀市長になられた吉田雄人さんのマニフェストです。 先日、千葉市長になられた熊谷俊人さんのマニフェストと比べると、いろいろな意味で優れたマニフェストです。

ところで、マニフェストは有権者に対する公約ですが、現時点ではコミットメント(必ず達成する目標、できなければ相応の責任をとる)ではなく、政策の基本方向性および努力目標という位置付けが現実的です。 したがって、マニフェストの内容は非常にラフ、抽象的、部分的であると言えます。 (ただし、争点が明確な場合(例えば大型公共事業などの是非など)、マニフェストは大きく意味を持ちます)

また、そもそも有権者に対する公約なのですが、有権者自体がどの程度読み込んでいるかも疑わしいという現実もあります。 一般人は、市の仕事、県の仕事、国の仕事の区別がつきません。 それに、借金や情報公開と言われても、ピンとこないのが普通です。 保育所の待機児童をゼロにするとか、子供の医療費助成などはわかりやすいのですが、通常は直接的なベネフィットのある話ばかりでもありません。

したがって、中身は抽象的で、そして有権者も細かくは見ていないマニフェストを分析する意味があるのかという疑問もわくのですが、そういう緩い状況でも、どれだけ真面目に作っているかという部分で、その候補者の志を計ることが可能です。

今回の吉田さんのマニフェストですが、本当に志を感じる内容です。 中身そのものの前に、記述形式が非常に分かりやすく、そして論理的にされています。

吉田さんのマニフェストは、医療や教育など11の項目について、

・吉田さんの基本的な考え方、価値観
・その考えや価値観の背景となる、現状の分析=問題意識
・その考え方に対応する、「シンボル(象徴的)施策」
・主な施策案、そして施策案には、おおよその期間と、必要な決定
(市役所、市議会、県、国など)を明示
が、整然と書かれています。 

本当にわかりやすいです。 ちょっと欲張りすぎ?という感じもする施策案ですが、わかりやすい構成です。 ちなみに千葉の熊谷さんは、シンプルな構成で、企業との癒着防止、ハコモノ建築禁止など、わかりやすい項目をあげ、少し説明している程度です。 (何年もかけて準備してきた吉田さんと、いきなり選挙に出た熊谷さんの違いということですが)

そして、具体的な中身ですが、住民投票を盛り込んだ自治基本条例制定など流行りのものもあったり、「いのちの基金」創設、行政の議会答弁・対応のあり方改善など珍しいものもあったりしますが、全体としては非常にオーソドックスです。別にオーソドックスが悪いわけでなく、「当たり前のことをきちんとやるだけ」で、十分に行政サービスはよくなるということだと思います。

さて、33歳の若者が、50歳以上の幹部だらけの市役所に突入していきます。 実質的に初めての組織運営です。 大変だと思いますが、その志で突っ走ってもらいたいです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

横須賀市長選挙の意味あい

【横須賀市長選挙に見る、大きな流れ】

Photo 昨日の日曜日に、横須賀市の市長選挙が行われました。 自民公明民主、その他の様々な団体が事実上押している現職の勝利と思いきや、なんと、33歳の市議会議員の勝利。 どんでん返しです。 奇跡です。 (ちなみに、横須賀の民主党は吹けば飛ぶような存在なので、もともと力はありません。 アンチ自民公明という形で、民主支持者はいますが、その受け皿は、民主党としてはほとんどありません)

以下、ヤフーニュースです。 (ソースは産経新聞)

任期満了に伴う神奈川県横須賀市長選は28日投開票され、元市議、吉田雄人氏(33)=無新=が、再選を目指した蒲谷亮一氏(64)=無現=と弁護士、呉東正彦氏(49)=無新=を破り初当選した。吉田氏は、千葉市の熊谷俊人氏(31)、三重県松阪市の山中光茂氏(33)に次ぎ、全国で3番目に若い市長となる。

 地元の小泉純一郎元首相が全面支援した現職の敗北だけに、小泉氏の次男、進次郎氏(28)が立候補表明している次期衆院選にも影響を与えそうだ。

 現職の蒲谷氏は小泉氏や大半の市議らの支援を受け無所属で出馬し、2期目を目指した。一方の吉田氏は、蒲谷氏が旧自治省出身であることを批判し、「脱官僚」や情報公開を訴え、初当選した。

 当選後、吉田氏は「小泉元首相にしろ、民主党にしろ、政党が横須賀を変えることはできないことが証明された」と語り、敗れた現職の蒲谷氏陣営は「小泉人気も通用しなかった」(幹部)と肩を落とした。

投票率45%は大きいです。 前回の投票率は40%、今回は45%です。 1%が約3500票ですから、1万7000票分、前回より増えたことになります。
現職は、前回選挙とほぼ同じ6万4000票。 組織選挙の上限の数字なんだと思います。前回の対抗馬(無所属)は、5万8000票。 当選した吉田さんは、これに1万票を上乗せして、6万8000票で当選。 増えた票数の、6割近くを獲得したということだと思います。 (ざっくりとしたイメージです)
神奈川新聞の出口調査によると、無党派の6割を獲得ということなので、数字は合います。 

横須賀は古い町で、典型的な保守の町です。 しかし、保守も強すぎて、保守の中で、グループは割れています。 ということで、アンチ現職の保守は、吉田氏についたか? (同じく出口調査によると、なんと自民党支持層からも40%獲得! だた、これは前回の選挙にも見られた傾向でしたが)

実はこの保守分裂、最近の田舎ではよく見られる傾向です。 保守が分裂し、アンチ保守が動き、無党派がどっと投票するという流れは、田舎では最近顕著にみられる流れで、日本全国で、保守に支えられた現職市長がどんどん落ちています。 ちなみに、千葉市は、アンチ保守票がもともと多いところなので、アンチ保守票+無党派で圧勝です。 

いずれにせよ、吉田氏大健闘です。 千葉市以上に、厳しい選挙を見事勝利しました。 衆議院選挙前で少し選挙機運が盛り上がっていたという追い風もありますが、投票率を上げたのは、吉田氏本人の力が大きいと思います。

次のエントリーで、吉田氏のマニフェストを見てみましょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ヒトには社会が必要、ヒトにとっての社会は「働く場所」

【ユニクロ柳井社長とドラッカー その2】 NHK 知る楽 2009.6.25

Photo ユニクロの柳井社長の、ドラッカー論です。 番組自体は第4回目(最終回)ですが、私は2回目のエントリーになります。 前回はこちら

今回のキーフレーズは、「企業は社会の道具」。

ドラッカーはヒトに注目して、ヒトから発想しています。 そして、ヒトの幸せを追求しています。
ヒトは、社会的動物(存在)であるがゆえに、ヒトが幸せであるには、自分の居場所が社会の中にあり、同時に社会の中での役割があることが必要と唱えます。(『産業人の未来』より)
つまり、ヒトには社会が必要であるとしています。 (また、社会における権力の正当性も挙げていますが、割愛します)

社会における企業は、そこで働く人たちに、居場所(position)と、役割(role)を与えることが必要で、居場所とは、生産的な仕事を通した、生計の素、仲間との絆、自己実現の場の総体であると唱えます。
しかも、それは企業が従業員に一方的に与えているという一方通行の話でなく、企業も、そのような従業員を必要とし、いなければ企業も成立しないという、相互を必要としている関係なのです。

だから、柳井社長は、会社と従業員が相思相愛でないといけないと考えているようです。
会社の社会での役割(価値)を明確にして、そのために仕事をするという考えに共鳴してくれる従業員という関係を作らなければならないと言います。
(日経ビジネス090601 44P)

トップの仕事は、企業の社会における役割=価値を明確にして、それをブレずに言い続けることだと断言します。
だから、柳井社長は、「服を変え、常識を変え、世界を変える」というキャッチフレーズを作り、「あらゆる人に、良いカジュアルウエアを提供する」という社会的ミッションを言い続けます。

「あらゆる人」というところがポイントだとも言っています。
お金持ちも貧乏も、服好きも、服に関心がない人も、あらゆる人にとって、良いカジュアルウエア。
安いだけのカジュアルウエアでなく、デザイン、機能、価格すべてで納得できる価値を持つ服、それが「あらゆる人」にとっての、良いカジュアルウエア。
壮大な社会的ミッションですが、柳井社長だと、やってしまいそうです、笑。

もちろん、従業員の居場所は、会社のミッションだけで成立するわけでなく、日々の仕事のダイナミズムやコミュニケーションが大事なわけですが、そういったモノの根幹が、ミッションなのかもしれません。

ちょっと抽象的で、霞のような話ですが、大変本質的な話だと思っています。
大企業では、どんどん役割が分化し、居場所と役割が中途半端になっていきますが、それをどうユニクロは打破していくのか?
京セラはアメーバ経営、ミスミはスモールビジネスユニット経営という形で、バーチャルに企業を分割し、小さい単位にして、従業員の居場所を作り上げています。

ユニクロも企業買収を通じて、規模を拡大していますが、ユニクロのように、業績も良く、そして社会的にも意義があり、従業員にとっても大切な社会の場という3拍子揃った会社は、まだ生まれていないようです。
(セオリーも業績だけ良い、普通の会社です。 最近は業績も厳しくなってきましたが)

哲学と、実際の経営を結び付けようとしている柳井社長は、いずれにせよ、素晴らしいです。

彼は最後に言っていました。
「ドラッカーを実践しましたと、言いたいです」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

地方を奴隷にする仕組み

【土居丈朗 地方を奴隷にする仕組み】 日経ヴェリタス 2009.6.14

Photo地方財政の若手第一人者、土居先生(なんと38歳!)の、橋下知事応援論文です。 (本人には、そんな意図がないかもしれませんが)

地方は、構造的に国の奴隷になるように仕組まれていると、指摘しています。
土居先生は、上品に「貧困の罠」という学術用語を使っていますが、要は、「地方は必然的に奴隷になる」制度があるということを指摘しています。

その仕組みの根幹は、「地方交付税」。 自治体の運営に最低限必要な金額と、自治体が自主的に集められる税金の差額を、国が負担する仕組みです。
「最低限の自治体運営費用は、国が何とかします」という、地域の経済格差を埋め合わせる、税の分配制度です。

一見良い制度ですが、実は、そこに「地方を奴隷化する」仕組みが組み込まれていると言います。
つまり、税収を増やすために一生懸命活動しても、税収が増えた分、地方交付税がカットされ、結局総額はほとんど変わらないという仕組みなので、わざわざ税収を増やすというインセンティブが働かないと指摘します。
(ちなみに、地方交付税なしの自治体は、ほんのわずかしかありません。 東京都、豊田市、武蔵野市など。
こういった自治体は、税収が増えれば、総額も増えます)

逆に、町が衰退し、税収がどんどん落ちても、交付税が増額されるので、これまた総額はあまり変わらないという事実。
交付税のお陰で、事態が深刻化しないので、衰退の流れを止めようという動きが本格化しないという悪循環。

まとめると、
・地方交付税は、最後は、国がなんとかするという、後ろ支え
・したがって、気概のある市長でないと、「最後は何とかなるさ」と、国への依存体質に陥る
・依存体質とは、つまり、気持の底から、「国に従う」という、奴隷マインドということ
・自治体運営の「やる気」を削ぐし、「危機感」も生まれない
自ら何かをやるということを発想しない思考停止を作り、困ったら頼るという依存体質を生むのが、まさに地方交付税の仕組み → 地方を、気持ちの部分から奴隷にする仕組み
ということでしょうか。

この地方交付税の仕組みを変えようと、地方分権改革推進委員会(委員長 丹羽宇一郎)が、秋をメドに改革案を作成中とのこと。 どうなるか?

日本全体はこれ以上借金もできないし、経済成長もないので、総額は絶対に増えない。
地方分権といっても、国税が地方税に振りかわるだけで総額は増えない。
となると、パイの取り合いになるので、地方交付税の改革は、自治体間のパイの取り合いという、壮烈な自治体戦争になります。
財源の8割以上を交付税に頼っている地方の自治体は、もう死活問題です。
橋下知事や、東国原知事のおかげで、地方自治がスポットライトを浴び始めましたが、議論を進めると、壮絶な議論になると思います。

自治体運営には、もちろんカネが必要です。 しかし、カネはあまりない。
となると、ソフト、つまり、効率的な運営方法で勝負するしかありません。
それから、今まで使っていた予算をスクラップして、違う部分に振り向けるというやり方を、過激にやるしかありません。

これからの市長(知事)は、
・運営方法というソフトで勝負する組織運営ができるか
・今までの延長線でなく、ゼロベースで予算を組み替えることができるか

という、新しい能力が必要です。 本当に。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

コミュニケーションは質より量

【川鍋一朗 コミュニケーションは質より量】 日経アソシエ 2009.07.07

Photo タクシー会社、日本交通の3代目社長のコミュニケーション論です。
論理コミュニケーションがすべてという、ある意味世間ずれしたマッキンゼーから、「難しいことはわからない」と言われてしまうタクシー会社へ移って、川鍋流のコミュニケーション論が出来上がりました。

好き嫌いの感情が、行動動機の原点。 その後に行動の論理で、自分を正当化する
・コミュニケーションが成立するとは、結局、最初に「好き」になってもらえるか。 論理が正しいとかは関係ない
・「好き」とは、相手の感情を揺さぶること
・質で揺さぶることもできないことはないが、難しく、量で勝負する方が、結局、相手の感情を揺さぶる
・量で勝負とは、同じメッセージを繰り返すこと
・そして、会社のこと、業務のことなど、とにかく隠さず、詳しく、わかりやすく話す
・こちらからコミュニケーションをとれば、必ずフィードバックがある。 そして関係が深まる
・自分は社長なので、普通は言いにくいから、相手が言いやすい環境を自分から作って、健全なコミュニケーションのパイプを維持している

確かに、相手への何となくの好意が生じると、「相手の話を聞こう」というスタンスが出来上がります。
このスタンスこそが、コミュニケーションの回路なので、まずは回路を開かなければならないということです。
回路が開いてこそ、初めて、論理的なコミュニケーションが成立するのです。

しかし、「何となくの好意」は、何がどうなると生まれるのか?
少し前にアップして紹介した、(コミュニケーション専門家の)重田みゆきさんは、目、全体の表情、挨拶、声のトーン・スピード、見た目などのディテールが大事だと指摘していました。

相手の目を見ること、こちらから元気に明るく声をかけること、明るくさわやかで、落ち着いた語り口、清潔感があって誠実そうな見た目など、こういった要素が重なりあって、「何となくの好意」が生まれてくるのだと思います。

ただ、こういったテクニックも大事だと思うのですが、本質的には、
・あなたと、真剣に、(対等に)話をしたい。 あなたに興味がある
という、相手への実直な思いが前提としてあることが大事だと思います。
この相手は、自分に興味があると直観的に感じることが、実は、相手への何となくの好意のような気がします

誠実な話しかけには、きちんと話がかえってくるし、気持ちのこもった優しさには、それ以上の優しさがかえてくることが多いのです。
ヒトのコミュニケーションには、そういったポジティブな連鎖があると思います。
そういったポジティブな連鎖の最初の一歩を至る所で生み出し、ポジティブな連鎖を繋げていき、大きなポジティブな連鎖を作ることが、リーダーの役割かもしれません。
そういう意味では、ヒトに興味がなければ、リーダーは務まりません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

東国原知事の、3年間の知事の仕事の評価は?

Photo 東国原知事の、「総裁候補条件」発言は、意外性と大胆さで、大変なニュースになりました。 すべてのコメントが、政局の中での捉え方で、「東国原がしたたかか。またイメージを上げた」、「古賀がピエロになった」、「古賀なりの深遠がある」とか。 このニュースに対する現職議員のコメントもおもしろかったです。 議員のセンスと、器の大きさが、そのまま現れる感じでした。 永田町の常識のフレームで答えたコメントが多かったですね。 永田町の常識は、世間の非常識。 

さて、このニュースを真面目に考えてみましょう。
「東国原知事は、総裁=総理の器か?」

政治家のパフォーマンスは、どのように判断すれば良いでしょうか? 会社の場合は、売上や利益など、とりあえず判断できる指標があるのですが、政治家はどうか? 
どれだけ地元に公共事業を落としたか、冠婚葬祭の出席回数など、ギャグのような指標もあったりしますが、真面目にとらえれば、実は難しい話です。

どうやって政治家の仕事の、良い悪いを判断するか?
良くて当たり前、悪いと叩かれると、何とも厳しい仕事ですが、そもそも、どのような仕事が良くて、どのような仕事が悪いのか? これが、はっきりしないから、政治の話は永遠に続きます。 愛や恋愛の話と同じですね、笑。

実際、万能な判断軸はないと思います。 昨日のエントリーにあった公会計の視点では、一人当たりの将来の税金額をいかに小さくするか?という指標が出てきますが、それも厳密な計算が難しい。 結局、判断軸は、有権者個人個人で見つけ出すしかないわけです。

その判断軸が、「なんとなくのイメージ」だったりするので、千葉県では森田健作が知事になってしまったりして、民主主義の悲哀があったりもします。
有権者自らが判断材料を収集して、判断軸を作って、判断するというのは、かなり難しいのです。株式投資の際に、その会社の将来判断をすること自体も難しい。 でも、株式投資の場合は、様々な指標や材料を専門家が提供してくれます。 その加工された情報を見て、判断して、投資の是非を決定します。

これと同じことが、政治の世界にも必要だと思います。 学者や政治ジャーナリズム(マスコミ)が政治家の仕事の是非を判断するための指標、指標が難しければ材料を提供すべきです。 それが仕事です

東国原知事のニュースが出た時に、(視聴率にはあまりつながらないかもしれませんが)彼の政治家としての仕事を判断する材料を出して、分析する報道が欲しかったです。
東国原知事は、
・どのような問題意識を持って、県庁運営を行っており、
・具体的にはどのようなことをやっていて、(あるいは、やっていくなくて)
・結果として、どのようなことが起こっているか

という、まさに知事の仕事を総括する報道が欲しかったです。

新人の政治家(立候補者)を判断する場合は、問題意識と、問題意識に対応した打ち手の方向性くらいしか判断材料がありませんが、現職の場合は、実際仕事をしているので、その実際の仕事を通して、評価が可能なわけです。
東国原知事が、「総裁候補条件」を出した時、それが政局的な発言であっても、真面目に、彼の3年間の宮崎県庁運営を分析する報道が欲しかったです。

その報道が出なかったのは、
・実は、誰も真面目に、東国原知事の仕事を分析したことがない
・材料はあるが、視聴率にならないから、読者の関心が低いから、報道されない
・そもそも、政治家の仕事を評価するという視点がないから、知事の仕事の分析という発想もない
のいずれかの理由です。 どれなのでしょうか、報道番組のディレクターさん。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

市長の仕事が、良いか悪いか判断するために、、

Photo 千葉商科大学大学院教授の吉田寛さんの講演を聞きました。 もともと公認会計士の先生で、行政部門の会計について、独自の理論を持っています。 今回の講演は、その理論の説明というより、「どうして、行政部門に会計が必要なのか」という、そもそも論のお話でした。

非常に勉強になりましたし、納得感も強いです。 しかし、笑い話がいっぱい挿入されるので、意識しないと、笑い話しか、記憶に残りません、笑。

例えば、民間会社と会計の関係。 民間会社の運営の結果をわかりやすく表現するのが会計という手法で、その会計で表示された数字を通して、関連するヒトが、その会社の社長の運営(経営)の是非を判断します。
これと同じことが、行政運営にもあてはまり、行政の運営の結果(成果)をわかりやすく表現する手法が公会計。 このわかりやすい公会計を通して、主権者は、自らが委ねた代表者(例えば市長や町長)の行政運営のOK・NGを判断することが大事と説きます。

しかし、現状は、行政運営の是非を判断する材料がないに等しい状態で、訳のわからないまま、行政が運営され、いつの間にか、とんでもない借金が積み上がり、子供たちの世代に、その返済義務を負わせている状態であると嘆きます。

結局、我々市民が、膨大な借金の蓄積を、選挙を通して間接的に認めきたということなのですが、それは、行政運営の是非が判断できないような、日本の決算制度にあると指摘します。 わかりにくい予算体系・用語、複雑な仕組み、大雑把な開示など、普通の人には絶対に理解できない、決算書=「結果報告書」、予算書=「政策計画書」の問題だと指摘します。

それは、明治維新、戦後のGHQ統治などの歴史の流れからくるものですが、それを悪用して、「税金を、合法的に自分たちに都合よく使ってきた」のが官僚であり、税金が足りなくなってきたら、「合法的に借金をして、ツケを子供たちに回すようにしてきた」と主張します。 

そこで、行政の運営の是非が、明確に判断できるように、公会計の仕組みを導入して、「市長・町長の運営が適正さを判断 ⇒ 投票の基準」という流れを作ろうと結論づけます。

公会計とは、簡単に言えば、
・行政が行う事業にすべて「値札」をつける → どれだけのコストがかかっているのか明らかにする
・そして、その事業の「成果」を説明する → 誰のためにやって、どれくらい効用があるのか
ということを、全事業に適用して、事業の存在意義や継続性を検討し、借金をする場合は、借金をする意義があるかどうかを検討する、明確な判断材料を作ることです。

例えば、(細かい部分はメモが取れていませんが)働く女性のために、ゼロ歳児保育を充実するという事業の場合、ゼロ歳児保育の、ゼロ歳児一人当たり年間行政コスト(税金)が約600万、親の負担が年間25万円、差し引き税金負担が550万円以上というように、事業のコストと成果を明示します。 こういった数字があれば、いろいろな視点で議論ができるようになり、まさに自治が行われるようになります。 

その他にも、何となく続いている事業も、「成果」と「コスト」を明確にすることによって、本当にその事業が必要なのか?という議論が必然的に起こってくることでしょう。

わかりにくい決算説明で、有権者を煙にまき、関心を盛り上げず、いつの間にかに、有権者の子供に負担を負わせるという、あまりに酷い状況を何とかしなければいけないと、吉田先生は最後にまとめました。 

コストの積算も、物理的にはいろいろなテクニックが必要だと思います。 間違った数字を導きだしたら、判断も間違えてしまいます。 柏市も行政評価ということで事業ごとの費用が報告されていますが、どういう前提で算定されているかわからないので、何とも言えません。 突っ込みどころ満載なのに、柏の市議会議員さんは、いったい何をやっているのだろうか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

役人に買収された、国土交通省大臣?

【税金ぼったくりの、天下り法人】 AERA 2009年6月29日

財団法人、別名天下り法人「道路保全技術センター」の、税金ぼったくりの構造をレポートしています。 もともとは2007年の秋くらいに読売新聞が、(リークによって)記事を出したのが、最初だったような気がします。

国土交通省の出先機関である全国8地方整備局が今年度、民間参入を進めるため公募方式による発注に切り替えた道路管理関連業務88件(総額32億円)のすべてを、同省OB57人が天下る財団法人「道路保全技術センター」(東京都港区)にこれまで通りの随意契約で発注していたことが、読売新聞の調べで明らかになった。 (2007年10月10日14時39分 読売新聞)

道路管理業務のひとつが、「路面下空洞調査」。 実は、調査能力がないのに、受注金額の三割をピンハネして(自民党、河野議員)、民間業者に丸投げ状態。 今までは、随意契約で独占受注。 問題になって、国土交通省は、入札を始めたが、入札条件を厳しくて、実質的にその天下り団体しか受注できない仕組みにしてしまい、昨年も、国土交通省の「総合的な審査」で、天下り団体が落札

しかし、昨年は、今までの丸投げされていた民間業者が入札に参加したため、違う業者に丸投げ。 この新しい業者の調査能力が低く、道路の危険を見逃したデータが多かったがことが判明。 見逃しただけでなく、調査自体がいい加減だった可能性も出てきて、てんやわんやという状況。

この典型的な、管轄省庁と、天下り団体による出来レースの、税金ぼったくり構図。 自民党の河野議員がかみつき、昨年度の調査のいい加減さを証明すべく、今まで丸投げの形で委託されていた業者を使って、再調査を実施。 
これで、いい加減な調査がバレてはいけないと、国土交通省が必至の抵抗。 つまり、今回のいい加減調査の事実が明らかにならないように、妨害工作。

そして、民主党の事業仕分けでも、この天下り団体が取り上げられ、自民、民主のダブルで、総攻撃が始まりました。

自民党の河野議員は、今日のメルマガで、自民党の金子国土交通大臣、および副大臣にケンカを売っています。 「これだけ状況証拠がある状態で、しかも権限がある大臣、副大臣が動かないというのは、どういうことだ?」と

本当にそうですよね。 大臣、副大臣は、官僚の見方。 有権者の見方ではありません。
大臣になって、国土交通省の役人が、大臣の選挙区に公共工事を落としてくれたという借りがあるのか、強いことが言えないのでしょうか。 見事に役人に、買収されているということでしょうか

自民党vs民主党でなく、「既得権に優しい政治家」vs「既得権に厳しい政治家」という区分けの方がわかりやすいです。 自民党の河野議員は、明らかに後者です。 50代以上が中心の既得権グループがタッグを組んで自らの既得権を守ろうとします。 それに戦う河野議員のような議員は、我々がしっかり支えなければなりません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

繋がりたいのに、繋がらない

【若い人の、泥沼の不安】 NHK 青春リアル 09年6月14日

「他者からの承認」欲求が強いのは、ヒトとして当たり前の話ですが、若い人の場合、その欲求がより強いのが普通かもしれません。
なぜなら、自分自身の内的確かさ(自己を肯定的に受け入れること)が形成途中で、より他者の視線の影響が強いからです。

しかし、承認欲求が強いゆえに、その欲求をベタに出すことに対して、臆病だったりもします。
自分自身のすべてとまでは言わないけれど、より深いところを相手に認めてもらいたいと思っていますが、それが「重い」と相手から避けられたら、あるいは、「よくわからない」と相手から拒否にあったら、どうしようと、本能的に危機意識を持っていて、だからこそ、臆病というか、慎重になったりします。気持ちはわかります。

多くが臆病で、でも承認をしてもらいたいから、とりあえず表面的に繋がって、自分を受け入れてもらおうというのが、若い人の主流コミュニケーションのようです。
まさにノリの繋がり、時間共有・空間共有だけの繋がりで、極めて表層的です。
この表層的なコミュニケーションは、「それぞれのキャラを演じながら、周りに合わせる」というもので、ボケとツッコミや、短いメールの応酬など、私のようなオジサンには信じられないくらいの、高度な形式があるようです。

高度ゆえに、脱落する若者も多く、それが、退却的な引きこもりを生んでいたりもします
また、ついていっているものの、本質的には自分自身が受け入れられていないかもという漠然とした不安を抱え、でもこのスタイルを継続してないと孤独になってしまうという不安もあり、不安の板挟み状態で、閉塞感を感じている、真面目な若者も多いようです

そんな状況を踏まえて、教育テレビなりに、番組を作ったのが、6月14日の青春リアル。
「認めてもらいたい、受け入れてもらいたいから、必死に周りとコミュニケーションを取るけれど、取れば取るほど、その表層的なコミュニケーションに疲れ、ゆえに閉塞感を感じているのでは?」という問題提起がされて、「ぶっちゃけ、どのような繋がりを希望しているか教えてよ」と、問いかけています。

掲示板形式で、若者が考えをやり取りしています。
内容的には高度ですし、答えもないので、それぞれが、それぞれの意見を述べている感じで、いまひとつ盛り上がりにかける掲示板です。
良いテーマですが、真面目にとらえると、やはり大き過ぎるテーマなのかもしれません。

「ヒトとの関係性の中で、自分が生かされる」という意味は、歳を重ねるにつれ、深く認識していくもので、永遠のテーマでもあります
しかし、実際には、なかなか考えはかみ合わないし、相手の考えに向き合うのは疲れるし、自分の考えを説明するのも難しいし、うまく説明できない時は恥ずかしいしと、関係性を深くするのは難しいのです。
だから、面倒、うざい、表面的に取り繕うというのは普通です。
でも、面倒なやり取りを越えたあとに出来上がる関係性の「かけがえの無さ」は、本当に貴重なものです。 しかし、若い時は、その貴重さに気付かない

大林宣彦監督の名言、「ヒトは傷つき合って、許し合って、愛を覚える」ということですね。

番組を見ながら、そんな感想を持ちました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

社長が顧客を一番知らない、市長が市民を一番知らない

【ユニクロ柳井社長とドラッカー】 NHK教育 知る楽 2009年6月18日

Photo 大好きなユニクロ柳井社長の、ドラッカーを通した経営論です。
今回のキーワードは、「知識労働者」。
工場生産における仕事観から生まれた、「決められたことを、きちんとやる」という仕事のやり方でなく、「目的達成のために、自分自身が最適なやり方を考えて、仕事をする」という働き方をするのが、知識労働者

柳井社長は、「自分自身が持つ知識を使って、仕事をする、つまり顧客にサービスする」働き方だと言っています。

柳井社長は、小売業における、チェーンストア経営モデルを真っ向から否定します。
店長→スーパーバイザー→ブロック統括→営業部長という、管理店舗数の大きさが、出世のヒエラルキーになることは、全くおかしいと断言します。
なぜなら、どんどん現場(顧客)から離れていくヒトに、顧客にとって最適なサービスは何かなんて、わかるはずがない!からだそうです。

全くその通りです。 柳井社長いわく、「社長の言うとおりにやっていたら、会社は絶対におかしくなるんですよ。
だって、社長は、現場から最も遠いですから」と。
だからこそ、現場に近づこうとする柳井社長もいるのですが、それでも、現場の店長にはかなわないという、本質的な気付きがあります。

だから、ユニクロは、顧客に一番近い店長が一番偉いという組織体系を作っています。 最も優れた店長は、役員待遇だそうです。
数百人の店長のうち、最も優秀なスーパースター店長は、現在11人。 その一人である、千歳船橋の店長さんが番組では取り上げられていました。

小売業は、膨大な顧客の声(ニーズ)を商品開発、広告、販売方法に、クイックにどう反映していくかということに尽きると言います。
その顧客の声に気付き、洞察し、商品を、サービスを、広告をどう軌道修正すべきかという提案をできるのが、顧客に近い店長しかいないと言います

店長は自らの気付きに従い、自分の店を変え、そして会社全体に提案し、他のお店や、会社の商品、広告を変えることになります。
ユニクロの本部は、店長の提案に対し、必ず返答しなければならないというルールがあるそうです。

店長が主役というのは、建前としてよく聞くのですが、ここまでやり切っているのは、さすがユニクロです。ユニクロの現場は強いという理由がわかります。

ユニクロは、良い循環を作り出しています。
「良い商品→高い売上→高い収益性→高い給与→優秀な人材が集まる→優秀な人材を活かす、経営の仕組み(店長が現場の声を洞察し、会社全体に流通させる。
そして、それが評価される)→良い商品、良いサービスが強化される→ますます高い売上→高い収益性→高い給与、、、、、、」

他の小売店が、ユニクロのようにならないのは二つの理由があると思います。
ひとつは、社長自身が、そもそも柳井社長のような発想をしていないこと
「店長が、顧客の声を把握して、それを流通させ、その店長の情報をもとに経営する」という発想はありません。
「本部が考え、店長は本部の言うとおりに販売する」という発想です。

その理由が、もう一つの理由でもあります。
社長が、「店長が、顧客の声を把握できるなんて、できっこない」と、無意識に考えていることです。 これは、ある意味で事実です。
「顧客の声」と一言でいっても、実は奥が深いのです。

顧客の声は、顧客がどうして来店したか、お店で何を感じたか、どの商品を評価したか、あるいは評価しなかったのか、それはどうしてか、お店(ブランド)にどんな印象を持っているのかといったことの総体です。
顧客は、お店に対して直接声に出す場合は少なく、顧客同士の会話や、商品を選ぶときの行動(店内の動き方、商品のチェックの仕方)、商品の売れ方など、こういった事実から、顧客の声(ニーズ)を洞察する必要があるのです。
顧客の行動から、顧客の気持ちを察することなのです。

高度です。 「顧客の何を見るか、どう解釈するか」という、基礎的な素養がなければ、顧客の声は、表面的なものしかわかりません
こういうクレームを言われました、これが売れています、こういった事実も極めて大事なのですが、それ以上に、顧客の声は広がっているのです。
その声をすくいあげるには、相応の力が必要であり、ユニクロは、その力をつけさせようと、組織的に動いています。

顧客の声は店長が一番わかっていて、社長はわかっていないという事実。 これは、組織が大きくなればなるほど、完全にあてはまります。
行政組織でもそうです。 市民の声は、現場の職員が一番よくわかっていて、市長はわかっていないという事実。 間違いなくあてはまります。
その事実を克服して、市長はどう組織運営を行うべきか。 柳井社長のやり方に、多くのヒントが隠されています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

母子加算復活の、本質的な視点

Photo 近代国家は、弱者を社会で支えるという理念を持っています。
誰が弱者か、どのように支えるかは、(実質的には、選挙で選ばれた国会議員による)話し合いで決めていきます。

民主党のやまのい和則議員が、生活保護を受けている母子家庭向けの、金銭援助「母子加算」について、熱心に訴えています。

(子供が18歳以下の)母子家庭は、社会的弱者になりうるので、所得が少ない場合は、社会で金銭援助(児童扶養手当)をしましょうということになっています。
計算方法は若干複雑なのですが、母一人子二人の場合で、年収180万以下で、月4万6000円くらいでしょうか。
年収があがるにつれ、段階的に下げられ、年収340万円くらいで、援助がなくなります。
(母子家庭の平均年収は170万円くらいのようです、これに養育費などが加算)

やまのい議員が訴えている「母子加算」は、母子家庭で、その世帯が生活保護状態にある家庭に援助されるものです。
生活保護は、最低限の生活が可能になるよう、様々な世帯パターンを想定して、援助される金額が決まっています。
したがって、子供がいる場合も、いない場合に比べて、援助額が厚くなるのですが、それに加えて、「いろいろ大変だろうから」と、母子加算という追加援助が行われています。歴史は長く、物価水準にあわせて上がってきました。

その母子加算が、今年4月に廃止されました。
廃止理由は、厚生省いわく「普通に働いている母子世帯にくらべると、結果的に、母子加算と生活保護で暮らしている母子家庭の方が、使える金額が大きくなるから、バランスを取る」ということです。

確かに、働いている世帯とくらべて、フルに援助を受けている方が使えるお金が多いというのは、ちょっと納得いかないので、厚生省の主張にも頷くことが可能です。

その母子加算復活を主張する、やまのい議員の論拠は、
とにかく子供が小さいうちは、手厚く援助せよ。 小さい段階でギリギリの生活をさせるのは、教育見地上よくない。
この時点で、スタートラインが違ってしまい、将来的に苦労するのは目に見えていて、「平等」の考え方に反する
・もちろん、生活保護の制度自体も、この視点で、再考する必要がある (つまり、子供が小さい世帯の生活保護は、手厚くするということ)
この母子加算は、「子供が小さいうちは、手厚く援助する」という基本理念を突き通す、最初の一歩
・とにかく、何の責任もない子供に、「極貧」状態を経験させるのは、問題である
・生活保護制度も含めて、貧しい状態の多い母子世帯向けの援助を充実させるべし
という感じです。 (6月17日のメルマガ

要は、母子家庭への、社会(行政)としての援助の水準をもっと上げるべきで、何もできない子供に極貧を経験させるな、という主張の延長線上で、「母子加算廃止」の反対ということです

特に、病気や障害で母親が働くことが難しい、約3.2万世帯については、働くことによるリカバリーも不可能で、母子加算廃止は、単純に、生活水準を今までよりも下げるということになるとのこと。
(ちなみに、母子父子家庭は合計で80万世帯、母子家庭は推定でその9割前後)

厚生省の主張は、現状の援助体系の一貫性を保とうという視点、やまのい議員の主張は、現状の援助体系自体を、特に母子家庭について、抜本的に見直すという視点。
視点の論争
です。

個人的には、やまのい議員に賛成です。

しかし、どのニュースも、この視点の違いをきちんと説明できているものがないのです。
「廃止による母子家庭のダメージ」、「母子加算に変わる、新しい援助制度が用意されている」など、非常に表面的な議論の報道ばかりです。
やまのい議員のコミュニケーションが下手なのか、新聞記者が手を抜いているのか? たぶん、両方なんでしょうね。 やまのい議員、頑張ってください。 応援しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

国会議員は、臓器移植法改正案「賛成反対」の論拠を説明せよ

Photo 昨日、衆議院で採決された、臓器移植法改正案は、いろいろな意味で、通常の立法プロセスと異なります。 最も大きな違いは、完全に議員個人の判断による採択ということです。 通常は、党として拘束がかかりますから、個人としてはいろいろ考えるところがあるけれど、党の方針に沿って、賛成反対票を投じます。 しかし、今回は、完全に個人判断です。 全党が、党の拘束を外しています。

今回の臓器移植法改正案は、政治的には、以下の二つの特徴をもっています。

・(子供の)脳死と移植がテーマなのですが、脳死や移植において当事者になる有権者があまりに少ないので、ニュースでは報道されるものの、有権者全体の関心はかなり低い
・一方で当事者にとっては、まさに、人生の中で最も大事な内容で、全身全霊でこの法案と向き合っている。 しかも、脳死の子供を持つ親と、移植を待つ子供を持つ親で、180度反対の向き合い方

ほとんどの有権者は関心ないけれど、(極めて少ない)当事者だけは、命がけで関心があるという、二重構造の中で、議員は判断する必要があります。

この極めて少ない当事者、しかも完全に意見が割れる当事者に向き合ったのか、それとも、有権者の関心が弱いので、身近な議員の誘導に従ったのか、議員の事情は様々だと思います。 ここに、議員の特徴が出ますから、すべての衆議院議員は、自分の賛成反対票の根拠について、説明してもらいたいです。 民主党の岡田克也議員、逢坂誠二議員、自民党の河野太郎議員などは、ブログで説明しています。 全部を確認するわけにもいかず、他にもいるでしょうが、説明していない議員の方が圧倒的に多いような気がします。 私のような、政治に関するオピニオンリーダーは、しっかりその動向を見ていますよ、笑。

今回の法案は、
・「脳死とは言えども、見た目は普通に見える状態なのに、「社会的には死んだことにする」という判断は受け入れられない!」という、まさに脳死の子供がいる家族(と、その支持者)の価値観と、
・脳死の子供からの臓器提供によって、助かるかもしれない、移植が必要な子供の家族(と、その支持者)の価値観
の、ぶつかり合いです。 まさに、価値観のぶつかり合い。

「脳死=社会的な死」という認識になれば、脳死の子供を持つ家族は、臓器提供のプレッシャーにさらされます。 「あなたの子供はもう死んでいて、あなたが判断しさえすれば、移植を待つ子供が助かるかもしれない」というプレッシャーです。

脳死では、心臓が動いており、呼吸がされ、血液が循環して、普通の感覚では生きているように見えます。 家族にとっては、絶対に生きているように見えるはずです。 この家族の苦しみは、当事者以外は絶対にわかりません。 しかし、この苦しみを越えて、臓器提供に合意する家族もきっといて、移植の道が開かれる子供もいるのです。 その可能性を開くには、今回のA案は、社会的に必要な選択だと思います。 私が議員ならば、A案に賛成票です

今回、共産党は棄権です。 逃げましたね。 どうして逃げるのだろう? 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

公務員の給与水準決定の調査は、パンドラの箱

【多摩市公務員の平均は845万】 日経ニュース 6月18日

以下、日経ネットのニュースです。 ソースが何なのか、よくわかりませんが、嘘でもなく、事実なのでしょう。 多摩市がトップということで、早速、多摩の岩永ひさか議員も、ブログで取り上げています。(本当に早い! 市議会議員の鏡です!!)

(自治体職員の平均年収「700万円超」1割 08年4月時点 )
 都道府県、市区町村を合わせた全国の自治体の1割にあたる187の自治体で、職員の平均年収が700万円を超えていることがわかった。総務省がこのほど開示した自治体別の平均給料と諸手当、ボーナスを合計して2008年4月時点の平均年収を推定した。最高は東京都多摩市の845万円。民間の給与水準が低い地域を中心に、公務員の厚待遇への批判が強まりそうだ。

 地方公務員の給与水準はこれまで、国家公務員の給料を100とする「ラスパイレス指数」で基本給のみを対象に比較されてきた。今回、教職員と警察官、臨時職員を除く一般職員について、日本経済新聞が月額の給料や諸手当をもとに平均年収を算出した。

公務員の給与は、民間の給与に準じて、人事院が相場を決めています。 一応、従業員50人以上の民間企業のサンプル調査から、数字をはじき出しているのですがいったいどの会社が調査対象になっているのか、絶対に公開されません。 公開を請求しても、間違いなく却下されます。

おそらく、公開されたならば、その恣意的なサンプルに世論が怒り爆発になるからです。
公務員の給与体系は、民間の実態のおいしいところ取りです。 民間は40後半になると給与は、ほとんど上がらなくなりますが、公務員は定年まで上がり続けます。 ベースは民間と一緒(やや低め)でも、公務員は定年まで給与が上がり続けますから、最後は高い水準になります。 しかも、ボーナスも景気に関係なく、(通常時の)民間水準の月数が出ます。 給与水準自体が高く、月数も多ければ、ボーナスも巨額です。 
公務員の平均年齢が上がってきたので、だから、多摩市のような数字が出てくるのです。

公務員の給与は、民間に準じているといいながら、実感として、あり得ないような水準になっています。 我が町、柏の場合、一般職の平均が、ボーナス、手当込みで、なんと1008万円! 多摩を超えます、笑。 (H21年度の予算書より) ちなみに、平均年齢が45歳から50歳くらいです。
そして退職金が2500万前後。 完全に大企業水準です。 大企業から中小企業まで見てきた、経営コンサルタントの私がいろいろな会社を見ての実感です。 従業員50人以上といいながら、実際は従業員1000人以上クラスの水準です。 (1000人以上は、確かに50人以上の会社ですから、嘘はついていません。 でも、だったら、最初から1000人以上と言えよ!)

国会議員も、都道府県議会議員も、この人事院や人事委員会に、民間の調査対象会社を公開させるように、命をかけて活動すべきです。 天と地がひっくり返るくらいのインパクトです。 
公務員の給与を参照する、調査対象民間会社は、絶対に大手ばかりです。 公務員は、大手民間の水準に準じているのです。 それを50人以上の会社を対象としていると、中小企業水準に見せかけているのです。 絶対にあり得ません。

公務員の給与水準のロジック(根拠)の公開は、財源確保の圧倒的で、効果的な手段です。 公開された瞬間に、支持政党関係なく、有権者が怒り出します。 

このパンドラの箱を開けるために、(公務員の労働組合の支持をもらっている)民主党の議員は、命をかけて、火の栗の中に突入できるか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「壊し屋」橋下知事のインパクト

Photo 6月18日のヤフーニュースによると、大阪の橋下知事が、次の衆議院選挙で、支持政党を表明するとのこと。
知事選挙では、確か、自民公明の推薦をもらっていたはずなので、普通に考えると、そのご恩で、自民公明支持なのですが、「それはそれ」と、ばっさりのところが素敵です。

大阪府の橋下徹知事は17日、大阪府庁で中田宏横浜市長と対談し、地方分権を進めるには中央の官僚依存政治を改革する必要があるとし、次期衆院選では、自らが支持する政党を表明する考えを明らかにした。
(ソースは、産経新聞)

週刊誌で言われている通り、橋下知事は、小泉元首相のような、有権者のハートを鷲掴みするコミュニケーション力があります。 有権者の政治・行政に対するイメージは、

・あんまり信用できない、仕事しない
・国も、自治体もいい加減で、将来を委ねるには、本当に不安
・優れたヒトに、このいい加減で、不安な状況を打破してもらいたいが、
・それに適したヒトは誰なのか、よくわからない

ということに尽きると思います。 したがって、有権者のハートに刺さるメッセージは、

・国も、自治体も、根っこから腐っていて、いい加減
・これを改革するには、ケンカするしかない。 それくらい、相手は頑固
・ケンカして勝たなくては、改革は成功しない

・それができるのは、自分だ!

ということです。 このメッセージをわかりやすくするために、

・役人がダメダメであることの象徴である、事例を大きく取り上げ、
・それを徹底的に批判する。 相手が反発すれば、もっと批判して、ケンカを盛り上げる
・盛り上がったケンカを通して、事の本質をあぶり出し、世論を見方につける

という戦術を取ります。 取り上げた事例は、大阪府の第三セクター、教育委員会などで、最近のヒットは、国の直轄事業(国と地方の奴隷関係の象徴)です。
ケンカを盛り上げるために、うまくテレビを利用しています。 奴隷関係という表現もうまい。
直轄事業の議論では、完全に世論を見方につけました。 そこまでが言い過ぎならば、いわゆる政治的なオピニオンリーダーを見方につけています。

もちろん、組織改革をするのに、そのメンバーに対して「お前はダメだ」と言い続ければ、反発は必死で、組織改革はテクニックが必要です。
そのテクニックを橋下知事が意識しているのかというと疑問ですが、それは組織運営をしたことがないから仕方のないことです。 彼は、「壊し屋」です。
ソ連の時の、ゴルバチョフみたいなものです。

こういった事例が積み重なるにつれ、改革リーダーのイメージはどんどん出来上がり、彼の一つ一つの発言のインパクトが増します。
そのような状況の中での、「支持政党を明確にする」宣言です。

彼は真面目なので、大阪府の仕事を引き受けた以上、大阪府の仕事をやり遂げるという基本スタンスだと思いますが、周りから懇願されれば、国政もありでしょう
霞ヶ関に対する鬱積は、相当なものだと思います。

現時点では、自民党と民主党の、二者択一状態ですが、その違いよりも、もっと明確な違いがあります。 既得権に優しいか、あるいはゼロベースで見直すのか
民主党にも既得権に優しい議員がたくさんいます。 役人、農協、(経営努力をしない)零細企業という既得権に優しい議員がいます。
逆に、自民党に、既得権と戦う議員もいます。 農協と戦う石破議員をはじめ、前回紹介した、河野議員などは、役人とケンカしまくっています。

目先は、自民党vs民主党で、民主党が政権をとる勢いです。
しかし、民主党の、「既得権に優しい」議員の皆さんが、自民党のように、緩い政治をやると、民主党の、「既得権をゼロベースで見直す」議員さんが、ものすごい反発をすると思います。
ここで、民主党が割れるでしょう。 その時に、自民党の、「既得権をゼロベースで見直す」議員さんが、どう動いてくるか。

議員になるために、そしてなり続けるために、様々な形で、いろいろな人から、お世話になります。それが、貸し借りであり、しがらみで、政策を作り上げる時に、障害になります。
長い間、議員をやればやるほど、その貸し借りはつみ上がり、同時に障害もつみ上がるのです。

これを打破するのは、やはり議員の期間が短いヒトで、今まで反主流と言われ続けたヒトだと思います。 私は、その反主流を応援し続けます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

既得権団体、管轄省庁、自民党という、癒着トライアングル

【献金と天下りに負けた】 AERA 09.6.15

Photo 医薬品販売ルールの変更、つまりネットによる大衆薬の販売が規制されました。 この問題はふたつの視点が必要で、
・ひとつは、役所主導の検討会(審議会)という形式会議をもって、役所の裁量で販売ルールを変えたこと
つまり、これくらい大きな内容でも、役所だけでルールが決められる、立法プロセス(省令)があること
・もうひとつは、薬剤師が店頭に入れば、アルバイトが販売してもOKだが、ネットは一律ダメという、何とも不思議なロジックで、既存の販売チャネルの権益を守る内容になったこと

一番目の、立法プロセスで、役所が勝手に法律を制定できる省令の問題は、別途アップするとして、今回は、二番目の話を取り上げます。

今回のネット販売の規制の根拠は、
・薬は、使い方を誤ると危険なので、薬剤師を通して、対面販売すべし (これが消費者の利益に繋がる)
ということです。

しかし、薬剤師のみが販売するのでなく、薬剤師がいれば、アルバイトでも良いという、何とも中途半端な内容。
ネットも、質問に対して答えられる薬剤師がいれば販売がOKかと言えば、それはNGと、これも不思議な話。
電話で薬剤師が対応して通信販売しても、これも対面でないのでNGだそうだ。

楽天の三木谷社長は、
・日本薬剤師会と、厚生官僚のタッグに負けた
と、AERAのインタビューに答えています。

大衆薬販売の規制緩和が進み、普通の小売店で薬が販売されるようになり、その拡大を恐れた、既存薬局(多くの薬剤師が働くところ)のグループが、厚生省に圧力をかけたと言われています。
つまり、大衆薬が普通の小売店(コンビニなど)でどんどん販売されるようになると、薬剤師の存在意義が、処方箋薬局などに限定されてしまい、また(薬剤師が経営する)薬局の売上も下がる可能性が高く、それを薬剤師会が恐れたということです

小売店を締めだそうとしたら、結果的にネット販売も締め出し、ネット販売の方で大きく反対意見が出てきたという流れのようです。
三木谷社長のインタビューが冴えています。

・今回の主役、日本薬剤師会は、厚生官僚(特に薬剤局)の天下り先
・政治団体の日本薬剤師連盟は、最近3年間で14億円を自民党に献金、県単位の薬剤師連盟を加えれば、もっと大きな額になる
・既得権者(薬剤師)、天下り先確保をネタに、既得権者を守る厚生官僚、政治献金をネタに、既得権者を守る政治家という、癒着トライアングル。 自民党はもうダメだ
・ネット販売が危ないというならば、その危ない事例を防ぐ知恵を働かせばいいのに、単に禁止というのは、ネット販売の多くの利点をつぶして、全く消費者のためになっていない

怒り心頭の三木谷社長。 私も、明らかにおかしいと思います。
舛添大臣も、自民党の組織の中で大臣やっているので、自民党にNOと言えないあたりが、情けないところです。

自民党の世耕弘成さん、山内 康一さんという若手は、堂々と反対を表明しています。

前回と同じですが、自民、民主という区分けでなく、既得権団体を守るか、ゼロベースで既得権団体に接するかという区分けの方がしっくりきます。
「過去のお付き合いにしばられる、ベテラン政治家」VS「しがらみのない若手のグループ」という感じですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

増税を訴えるには、政治家に対する、「市民の信用」が必要

【社会と家族が一緒で支える介護】 NHK 福祉ネットワーク 2009年6月10日

教育テレビの平日午後8時からやっている「福祉ネットワーク」という30分番組は、地味ながら、社会的弱者にスポットをあてる、NHKらしい良質の番組です。

6月10日、11日と二日にわたって、介護保険制度10年の総括番組をやっています。 初日は、
・「誰にでもサービスを受けられる」はずが、東京ではサービス(例えばデイやショートステイ)が足りずに、受けられずに、介護者の苦労があまり軽減されていないという事実と、
(儲からないから、事業者が介護サービスに参入しない。 しかも、今までの2回の報酬改定は、2回ともマイナス。 普通は参入しようという動機さえない)
・介護度が重い状態で、在宅の介護サービスを受けると、介護保険限度額を大きく越え、とてつもない自己負担が発生するという事実
を指摘しています。

要は、家族ではなく、社会で介護するという考え方で介護保険がスタートしたのに、社会で見切れていない介護がまだまだたくさんあるぞ!という指摘です。

ゲストには、厚生省の介護保険設計のメンバーのひとりである、堤修三教授が出ていたのですが、彼のは、このNHKの指摘に、
もともと、社会がすべて制度として面倒みるというわけではなく、家族と一緒に介護をしていくということで、介護保険自体に大きな期待をしないでもらいたい
と、なんともストレートな発言が出てきました。 (ちなみに、堤教授は、10年くらい前の社保庁の長官。これだけ年金業務のいい加減さが指摘されているのに、よくも番組出てこられたなぁ)

「まだまだ完璧でないので、これからもっと充実が必要ですね」という、建前発言をしないで、制度設計側の本音が出た感じです。
設計者から見れば、「すべて「社会が見る」というのは、現状の保険料では無理。
理念上、社会で介護するといったが、実務的には、家族と制度で支えるというのは、全然おかしくないでしょう」という気持ちだと思います。

しかし、ゲストのもう一人である、訪問介護事業者のリーダーは、
その介護をしてくれる家族がいない世帯が、どんどん増えており、家族と制度で言うけれど、その家族自体がない場合は、どうすれば良いのか。
そういった家族形態の変化も踏まえて、介護を社会で、ということではないのか?
と、まさに論理的に切り返していて、議論の軍配は、NPOリーダーに上がった感じです。

厚生省の元役人は、たぶん自覚的に、中途半端な状態で、介護保険をスタートさせたと思います。
・介護を社会で全面的に引き受けたら、絶対に今の財源では成立しない
・一方で、財源確保の増税も絶対に無理
・介護を社会で一部引き受け、一部は家族で踏ん張ってもらうという、微妙なところで介護保険をスタートせざるを得ない
・それでも、ないよりは絶対にまし。 時間が経ってから、修正をかければ良い
たぶん、こんな感じでしょうか? スタートの時点では、悪くない段階論だと思います。
しかし、その後の軌道修正を誰も引き継がずに、単純に「お金がない」という議論に終始してしまいました。
そこに、日本の政治家、官僚のいい加減さが見えてきます。

介護、医療は、社会で全面的に受け入れざるをえません。 そのためには、財源の確保、つまり増税は必須です。
「必要な行政サービスだから増税をする」と政治的な提案をしても受け入れられる、まともで誠実な政治家がいないことが、日本の悲劇です。
現状では、「お前の言うことは信用できない」ということになってしまいます。
しがらみのない、貧乏で、若い政治家が主流派になるしかありません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「かんぽの宿」問題の背景に、公務員の高い給与がある

【鳩山総務相、辞任】 2009年6月12日

Photo 鳩山総務相が、麻生首相の「西川社長続投」の判断に、抗議の意味をこめて、総務大臣を辞任したとのこと。
本人は、「正しいことを通す」という道理を辞任理由にしていますが、確かに「西川社長」に社長としての責任はあると思いますが、本人が直接関与した案件でもないので、辞任まで追い込むのは、筋というより、鳩山さんのメンツの問題のように見えてしまいます。

個人的には、そのメンツの背景を知りたいところですが、ニュースは、すぐに政局の話に結びつけるでしょう。
ひょっとしたら、鳩山さんが自民党を出る機会として、利用したのかもしれないので、確かに政局の話に結び付けても良いとは思いますが、そこまで鳩山さんが計画的に動いているとは、ちと思えない、笑。

いずれにせよ、「かんぽの宿」売却問題は、私もニュースと数名の評論家のコメントだけのソースなので、事実の理解はいまいちです。
したがって、断定的には言えないのですが、山崎元さんの分析を前提とすると、

・国が100%の株式をもつ会社の資産売却の割には、売却プロセスがちょっと雑
・できる限りオープンであることが必須なのに、出来レースといわれておかしくない、雑な手続き

ということで、日本郵政に問題あり。
したがって、社長に対する指導、改善要求は当然ということだと思います。これでおしまいでいいと思いますが、鳩山さんは辞任までこだわりました。
その意味はいったい何か。 メンツなのか、他に意味があるのか。 これからはっきりしますね。

それよりも、山崎さんが指摘しているとおり、かんぽの宿の売却条件が、「できる限り、従業員の雇用を継続する」という、厳しいものであったことが、間違いなく売却価格が下がった、大きな要因だと思います。

ホテル旅館業界における民間の給与水準からかけ離れた水準の給与、(おそらく)民間の水準より多い従業員数という、業界の水準よりも、はるかに高い人件費率が、かんぽの宿の収益性が低い理由です
(これは、公立病院、保育園、清掃など、官営と民間の両方が存在する業界で、必ず見られる構造です)

この高コスト構造を残して、再生をはかるわけですから、買う方は厳しく値踏みをするのは当然です。物件自体に価値があっても、重い人件費を背負うわけですから、購入金額は下がります。

成長が鈍化したため、年功序列給与は大企業や業績の良い会社をのぞいて破綻しています。
民間のサラリーマンは、出世街道を上がらない限り、長く勤めても、40代以降給与がほとんど上がらない体系になっています。
昔のように、定年まであがり続けるということはなくなりました。
また、サービス系の業界では、非正規社員比率が高く、低コスト構造の、消耗合戦が繰り広げられています。

でも、公務員は上がります。 だから、官営と民間では、人件費率で圧倒的な違いが出ます。
この公務員の給与体系を抜本的に改革することが、実は財源問題の根幹だったりします。 でも、法律で守られており、それが難しい。
その法律を改正する勇気が、政治家にあるでしょうか。

夕張みたいに、破綻するまで、公務員の給与は上がり続けるのでしょうか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

天下り団体が、税金をパクパク

【天下り団体の病巣】 2009年6月11日 読売新聞

副会長の6.5億近くの不正支出(使い込み)で、天下り団体「社団法人日本農村情報システム協会」が自己破産することになりました。
このニュースに出てくる副会長を調べてみると、「天下りのうまみ」が見えてきたという感じの記事です。

この副会長は、給与として、その社団から年1000万円、社団が(随意)発注する団体から給与として年1200万の合計2200万の給与を取っていたことが判明。
実は、この副会長だけでなく、他の理事も、この構造。 つまり、社団からの給与と、社団が発注する団体からの給与のダブル給与

これは酷くないですか? 合法的な税金のネコババです。

この社団の業務は、防災無線のコンサル業務ですが、防災無線の補助金をもらう時は、市町村はお約束で、この社団にコンサルをお願いすることになっていたとのこと。
さすがに、「ひも付き補助事業」と批判され、97年に終了したものの、1億から2億円が、補助金の中から、「コンサル報酬」として、この社団に流れていたとのこと。
(しかも、コンサルは、専門民間会社に丸投げですか?)

ただし、じわりじわりと業務収入が減り、しかし官僚OBに対するダブル給与は減らずに、結果的に、社団の基本財産(株式会社の資本金にあたるもの。
もともとは税金)を食いつぶして、不正経理を続けて隠していたが、いよいよ判明というのがニュースの背景みたいです。

農水省も、経理で不正をしていたので見抜けなかったとしていますが、期末の通帳と帳簿を合わせるだけで、この程度の不正は一発で見抜けますから、要は、「何もチェックしていない」ということ
(それくらいの突っ込みは、記者さん、やってくださいね)

このニュースは、あまりに酷い事例ですが、でも、本質的には、官僚の悪知恵的、無駄遣いがベースになっているのだと思います。

・税金(基本財産と毎年の収入)で成立している天下り団体が山のようにあって、
・その業務も、いい加減なものばかり
・しかも、チェックはない状態で、不正をやろうと思えばやり放題
・あまりに乱暴。 数億円くらいの事業では、こういう事例は山のようにある、きっと
。(数千億円の予算規模では、数億の事業は小さく、あまり注目を浴びないし、監査もいい加減)

すべての事業を、ゼロベースで見直す、つまり「事業仕分け」をやらないと、この国は、官僚という寄生虫に少しずつ息の根を止められていきます。
実は、その官僚にさらに寄生しているのが、自民党の古いタイプの政治家だったりして、笑。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

文部科学省の天下り団体は、不要のものばかり

東京財団が地道に啓蒙している「事業仕分け」という政策・事業評価手法がじわりじわりと広がり、今や自民党の改革派が積極的にその手法を取り入れ、活発な政策論議が行われています。

6月8日には、文部科学省から予算が投入されている「天下り法人」の事業について、一般公開の中で、事業評価が行われました。 ちなみに、中心人物は、河野太郎さんで、隣の選挙区の亀井善太郎さんも、河野さんを支えています。 この二人は、まさに2世議員なのですが、政治信念と合わない場合は、既得権としっかり戦うという、2世議員の「しがらみデメリット」を完全に克服しています。

その評価会議が、河野さん亀井さんのブログで報告されています。

官僚の世界の悪しき特性のひとつが、一度予算がついた事業は永遠に続くというものです。
官僚は「前年と同じことをやる」ことが仕事だあると本気で思っているし、事業の周りには既得権があって、その既得権者が必死にその既得権を守ろうと活動するので、一度出来上がった予算(組織、事業)は永遠と続くのです。 時代環境がかわって、そもそもの目的が無意味になっても、事業と組織は残るという、なんとも不思議な世界で、役所が「時代の変化に対応できない」理由でもあります。

その悪しき特性を突破すべく、ゼロベースで行政サービス(事業)を見直して、事業の存続をはっきりさせるという手法が、「事業仕分け」=「政策棚押し」です。

その事業の「そもそもの目的は何か」、「その目的は正しいか」、「その目的のための手段は適切か、他のやり方はないのか」、「では、どうすれば良いか。 継続か、中止か、抜本的変更か」。 こういった当たり前の議論を、ガチンコでやるのが「事業仕分け」です。

歴史があると、そもそもの目的を離れて、「事業を継続すること自体が目的となる」という、官僚の組織にはびこる「パーキンソンの法則」をぶっ壊すのに、最適で、かつ簡便な方法です。

亀井さんのブログを参考にすると、検討した天下り団体すべてが、廃止あるいは再編すべしという結論になっています。 目的は良いとしても、目的の手段が非常に不適切で、ゆえに天下り団体の存在の意義がないと結論付けています。

・アニメの殿堂(独立行政法人 国立美術館)運営は、は目的自体がよくわからないし、計画自体も非常にラフ
・独立行政法人 日本学生支援機構の奨学金制度は、目的自体は良いとしても、運営がずさん。2000億円以上の未回収を生み、組織的にほとんど回収努力をしないという、民間では考えられない状況。 民間に移行すべし
・独立行政法人 科学技術振興機構(JST)、独立行政法人 日本学術振興会(JSPS)は、すみ分けが曖昧。 運営コストだけ膨れ上がり、再編の必要性大。 また産学連携拠点整備を行う事業(約700億円)も、既にある設備で十分なはず。 やめるべき

などなど、ごろごろ廃止、再編事業、天下り団体がでてきます。
読めば読むほど、頭にくる話で、本当に無知は怖いというか、知らないところで、官僚は本当にいい加減なことをしているなぁと実感します。

こういったことをあぶりだす、自民党若手チームは素晴らしいです。
市民は、知らないから政治に関心がないだけで、知った瞬間に怒り心頭で、政治への関心もぐっとあがるし、それが「あるべき行政サービス」に近づく第一歩のような気がします。

複雑な世の中になって、全体が見通しにくい社会になりました。 その大きな社会の矛盾、非効率、不正をひとつひとつ明らかにするのが政治の仕事なのかもしれません。 本来ならば、ジャーナリズムの仕事でもあるのですが、政治家も頑張らないといけないほど、社会は大きくなり、ジャーナリズムが商業化したということでしょうか。

河野さんや、亀井さんの活動をみると、民主党と近いような。
自民、民主という切り分けではなく、既得権に対して甘い政治家、厳しい政治家の切り分けの方が、市民から見るとしっくりきます。 こういうのが政界再編なんでしょうか。

Photo

| | コメント (0) | トラックバック (0)

政治は芸能ニュースのひとつ

【みのもんたが政治を動かす】 週刊東洋経済 071222

2 1年半前の東洋経済の特集から。 テレビの、政治への影響力について、取り上げています。

テレビにおいて、政治も芸能ニュース化というか、エンタメのネタのひとつになりつつあります。 なぜなら、将来に対する不安が、この10年で強くなり、不安心理を背景にした、「社会の悪」追及が、視聴者の心に突き刺さるから=視聴率が取れるからです。
だから、ニュース番組、芸能番組は、政治関連のネタに取り組み、その放送時間がどんどん増えていると思われます。

しかし、テレビ番組は、短い時間でわかりやすさを追求しないといけないので、実際は相当複雑な内容であっても、単純化します。 つまり、誰が悪者で、誰が弱者なのかという、善悪の軸で単純化します。 視聴率の取れる番組の作り方としては常道ですが、これは、思わぬ影響を世論に与えます。 (作り手は、確信犯かもしれませんが、そこまで政治的な意図を持ったTVディレクターは少ないでしょう。 報道番組でさえも、彼らは、ひたすら、視聴率が取れるかどうかで番組を作っています)

悪者のイメージを持つと、その悪者に対して、一気に反投票行動を起こします。 実際は、テレビが報道するような単純な事情ではないのですが、視聴者、つまり有権者は番組の内容を受け入れ、一気に善悪のレッテルを決定します。

複雑な事情をひも解いて、善悪を自らの軸で判断する有権者なぞ、当事者以外ではあり得ません。 結局、番組が作り上げた善悪の軸が、有権者の投票軸になるわけです。

社会調査では、「マスコミの情報は正しくない」と半分が答えているにも関わらず、政治情報は、ストレートに受け取っています。 民度が上がる手前の、過度期の現象なのでしょうか? 笑

2007年の参院選挙で大敗した自民党の選挙事務局、茂木敏充衆議院議員は、その原因を以下のように述べています。
・主婦だけでなく、サラリーマンまでも、ワイドショーからの情報が一番強い
結局、ワイドショーの番組構成による、政治的メッセージが、世論になってしまう
現状は、不安が強く、不安を煽る、あるいは不安を作った犯人探しの番組構成になるので、現政権にとっては、厳しい世論が必然的にできあがる

テレビ政治を悪いとは思いません。 ただ、番組を作るヒトが、その影響力にどれだけ自覚的であるかは大事だと思います。 単純化してわかりやすくするのは仕方ないにしても、できる限り、複眼的にモノを伝えることを忘れてはならないと思います。

また、政治家も、安易に単純化された番組にのっかるのでなく、番組構成に口を出して、できる限り政策論争に繋げる努力をしてもらいたいものです。 本質をついていて、しかもわかりやすいという番組作りが、製作者と政治家の腕の見せ所です。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

中途半端な、介護行政

【低所得の高齢者の住居がない 田村明孝】 読売新聞 2009年6月2日

民間、つまり事業の視点で、高齢者の住居についてインタビューに答えています。(田村氏は、高齢者向けの施設建設(老人ホームなど)のコンサルタント)

田村氏の主張をまとめると、
・高齢者がどんどん増え、特養の入居待ちが38万人もいるのに、介護を必要とする高齢者向けの施設の建設が全然進んでいない
特に、低所得で、子供による介護を受けられない高齢者を中心に、生き場のないヒトが増える
・これからは、施設でなく、住宅中心で整備すべき (住宅とは、介護を想定した一般住宅。介護サービスは家で受けるような形で利用する。 (介護付)老人ホームは、介護がセットになった施設)
・その住宅の質には、行政が介入し、改善指導を行えるようにすべし
・ただし、要介護度が上がり、家族のような生活支援がないと、在宅の介護サービスを多く使うので、あっという間に限度額を超えてしまう問題がある
・現在の行政は、とにかく介護保険料を大きくしないように、介護サービス自体を抑制しようとしている。本来の必要なサービス量を無視している。 財政ありきで、介護サービス量を決めている
・被介護者に、家族のような生活支援を行う互助組織(ご近所ネットワーク)があれば、在宅の介護サービス量は抑えられるはず

介護保険は、介護する人の過酷な介護疲れから開放することを目的として作られた制度で、いわゆる「家族にすべてを負わすのでなく、社会で介護体制を作っていく」制度なのです。

しかし、現状は、極めて中途半端になってしまっています。 

介護度の高いヒトは増え、また支える家族がいない、あるいは高齢化しており、家族による介護力自体も弱体化しています。 となると、必然的に、介護の面倒を一日中見る施設が必要になってくるのですが、最近は完全に建設の勢いが衰えています

なぜなら、施設サービスの利用料は、高いので、施設がどんどん増えると、介護保険の利用額がどんどん高くなり、結果として、財政負担が増え、また住民の介護保険料も劇的に上がってしまいます。 これが政治的に許されないので、本当は必要なサービスなのに、介護施設の建設のペースを遅くしています。 つまり、補助金を減らしたり、(都道府県が)建築認可をしなかったりします。

社会で支えようと決めたのに、結構お金がかかるので、ちょっとお茶を濁して、結果的に、介護サービスを十分に受けられず、介護疲れで倒れそうなヒトが山のようにいるという、何とも酷い状況なのです。

その酷い状況を、、政治家はきちんと話題にして、向き合え!というのが田村氏の最後の主張です。その状況を突破にする手段として、田村氏のような、高齢者向け専用住宅がいいのか、現状の特養のようなものがいいのか、それは検討すべきですが、まずもって、必要な介護サービスが全く足りていないし、それを解決するには、さらなる介護保険料の値上げが必要という課題を、もっと盛り上げる必要があると思います。

今年3月の渋川市の無認可老人ホーム(つまり、単なる高齢者向け住居扱いで、介護サービスを実施)の火災事件は、こういう問題の一端です。 ホームの運営がいい加減、管理を怠った行政が悪いみたいなトーンのニュースが多く、本質的な問題に触れたのは、ブログメディア中心です。 このような象徴的なニュースの意味合いを、しっかり解説できる議員、政党が出てきてほしい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年5月 | トップページ | 2009年7月 »