カテゴリー「政治家」の35件の記事

政治家に対する不信感が小さくなることが最初

【権丈善一 結局、消費税上げるしかないんだよ】 読売新聞 2009.7.29

Photo 社会保障をアカデミックに語らせたら、日本一の権丈先生です。 
権丈先生の、衆院選の争点、特に社会保障における争点の主張です。

社会保障はふたつの話がセットです。
ひとつは、社会保障費を増やすか、減らすか。 もうひとつは、増やす場合は、どう財源を確保するのか。

小泉内閣までは、社会保障は実質減らすという方向でしたが、この不景気で、一気に舵を180度切って、自民も民主も、社会保障は増やすということになっています。
となると、財源。

この財源について、政治的にはしんどいと思うが、それを提示しなければ、絵空事に過ぎないと先生は言います。 
民主党の行政のムダカットの議論を受け入れたとしても、社会保障を拡大する(基礎年金の国庫負担の2分の1への引き上げ、介護・医療の拡充)とするならば、全然足りない。

だとすると、自民党はもちろん、民主党ももっと財源に対して、しっかり説明する必要があり、それは増税しか選択がないことは明らかであると言います。 結局、どのような増税を行うのかというのが肝で、消費税はもちろん、資産課税と所得課税のバランスをどうするかなど、まさに税制改革の議論こそが、争点にあんるべきだと主張します。

日本は、世界的には「低負担・低福祉」。 この現状の福祉の水準を上げるならば、負担をどう上げるのかという議論もしなくてはならないのに、それを完全に放棄している自民、民主は、全く無責任と嘆いて、インタビューが終了しています。

権丈先生の気持ちはよくわかります。 論理的に成り立つはずがないのに、それが成り立つように振る舞う政治家に怒り心頭という感じでしょうか。 (政治家が論理的にわかっていないのか、確信犯なのか、そもそも微妙ですが)

でも、政治のそこが難しいところです。

市民は、確かに増税は嫌だけれど、その分生活の不安がなくなるならば、それはそれでありと思っているはずです。
ただし、一方で、
・増税しても、生活は変わらないのでは?
という不安も根強くあります。

その背景は、政治家と役人に対する、恐ろしいほどの不信です。
政治家は「首相のコロコロ辞任&自民の中のゴタゴタ」、役人は年金問題・天下り問題で、いよいよトリガーがひかれて、不信感が爆発しています。

政治家と役人が信用できるならば、増税も許して、将来の福祉を期待もしよう、ところが、政治家と役人が信用できないので、増税は気分的に乗り気でないというのが、市民の本音です。

政治家は、増税というと、市民は単純に嫌がるだろうと思い、市民は、そもそもあんた、政治家を信用できないから、増税が嫌なんだと思う、このネジレの現状が今の政治状況です。

何をやると政治家は信用されるのか?

たぶん、政治家の人数自体の大幅削減と、役人の給与大幅カットだと思います。
民主党は80人の削減をいっていますが、スーパーの値段と同じで、わかりやすく100と言うべきでしょう。しかし、民主党は役人の給与カットは言えないだろうなぁ。

しばらくは政治家不信は継続して、ゆえに、市民に微妙に媚びるような政治が続いて、現実に正直に向き合うこと、つまり増税はないのでしょうね。 ただし、国債の買い手が、まもなくいなくなるでしょうから、その時がタイムリミットかもしれませんが、まだ数年大丈夫ですね。

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立派な活動をしても、最後は見た目、印象勝負なのか

世田谷の都議会議員であった、行革110番の後藤雄一さんが、まさかの落選です。

東京都、東京都の関連団体、都議会の様々な「合法的税金ぼったくり」の事例を暴いて、都にも、議会にも煙たがれていた後藤さんが、まさかの最下位です。 (定員8人に11人立候補、結果は民主3、公明2、生活者ネット1、共産1、自民1で、後藤さんと、自民2人が落選)

詳しくはホームページを見て頂くとして、彼の功績は、
・選挙カーのガソリン代、水増し請求追求
・東京都職員の第2給与振込口座のムダ追求など、
・様々な手当、慣習(お役所仕事)をあぶりだし、廃止させたり、改善させたり
・都の業務上のミスや、その隠蔽に対して、徹底的追求
などなど、都としては一番嫌な議員だったと思います。 都議会127人全員がこれくらいの仕事をすると、都は相当引き締まります、笑。

Photo 彼は、とにかくネチネチと調べ上げ、論理的に追及していきます。 いわゆる、オンブズマン的な活動ですが、かつては現職議員であったため、その権限をもとに、激しい追及活動が大変有名でした。 都における、公私混同の予算消化(会議、福利厚生という名の私的利用、大判振る舞いのタクシー券、カラ出張、カラ弁当などの裏金作り)、議会の視察という名の観光旅行など、徹底的に追及しまくり、著書の「ザ・お役人天国」「お役人のいじめ方」は、古典的名著と言われています。
彼のこの20年近い活動(都議としては8年)をきっかけとして、全国にオンブズマン活動が広がったといっても過言ではないでしょう。 

その後藤雄一さんが、まさかの落選です。

彼は、しゃべりがあまり上手ではありません。 そして、今や60近くのオジサンで、見た目はかなりみすぼらしい。(見た目を気にしないのが、彼の良さですが) 優しいのですが、活動に対しては厳しいです。 だから、利権活動の自民党は当然険悪の中ですし、民主党でさえも、そのストイックすぎる姿勢と相性が合わず、どちらかというと、孤高の議員さんでした。 愛想が良いとか、リーダーシップがあるというわけでもなく、地道に(ある意味、オタクっぽく)問題を追及するという実直さです。

見た目勝負の選挙、2大政党型の選挙に、後藤さんは完全に飲み込まれてしまった印象です。
彼の功績は群を抜いているのですが、有権者の前にはなかなか伝わらなかったということでしょう。 (ほとんどの有権者は、印象で投票判断をするということです)

行政の無駄使い追求という活動は、ちょっと小振り過ぎて、有権者になかなか認めてもらえないというのは辛いところです。 でも、とても大事な活動です。 こういうジャブが、大企業病の都には効くのです。 (今回、世田谷でトップ当選した、新人の)民主党の関口さん(33歳!)には、是非、こういう活動を引き継いでもらいたいものです

これからの政治家は、選挙時のプレゼンテーション、そして当選後の本質的な議員活動という、二つの種類の違う戦いを行わなければなりません。 後藤さんは、前者の「選挙時プレゼンテーション」を完全に軽視していました。
逆に、民主党は「選挙時のプレゼンテーション」を相当意識した結果が、風もありましたが、大きな勝利につながっていると思います。 当選後の本質的な議員活動を忘れないでください。 第一党ですから、「結果」がすべてです。 この4年間で何をするのでしょうか?

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新しい横須賀市長のマニフェストは、わかりやすい

【横須賀市長の、当たり前の内容だけれども、わかりやすいマニフェスト】

2 横須賀市長になられた吉田雄人さんのマニフェストです。 先日、千葉市長になられた熊谷俊人さんのマニフェストと比べると、いろいろな意味で優れたマニフェストです。

ところで、マニフェストは有権者に対する公約ですが、現時点ではコミットメント(必ず達成する目標、できなければ相応の責任をとる)ではなく、政策の基本方向性および努力目標という位置付けが現実的です。 したがって、マニフェストの内容は非常にラフ、抽象的、部分的であると言えます。 (ただし、争点が明確な場合(例えば大型公共事業などの是非など)、マニフェストは大きく意味を持ちます)

また、そもそも有権者に対する公約なのですが、有権者自体がどの程度読み込んでいるかも疑わしいという現実もあります。 一般人は、市の仕事、県の仕事、国の仕事の区別がつきません。 それに、借金や情報公開と言われても、ピンとこないのが普通です。 保育所の待機児童をゼロにするとか、子供の医療費助成などはわかりやすいのですが、通常は直接的なベネフィットのある話ばかりでもありません。

したがって、中身は抽象的で、そして有権者も細かくは見ていないマニフェストを分析する意味があるのかという疑問もわくのですが、そういう緩い状況でも、どれだけ真面目に作っているかという部分で、その候補者の志を計ることが可能です。

今回の吉田さんのマニフェストですが、本当に志を感じる内容です。 中身そのものの前に、記述形式が非常に分かりやすく、そして論理的にされています。

吉田さんのマニフェストは、医療や教育など11の項目について、

・吉田さんの基本的な考え方、価値観
・その考えや価値観の背景となる、現状の分析=問題意識
・その考え方に対応する、「シンボル(象徴的)施策」
・主な施策案、そして施策案には、おおよその期間と、必要な決定
(市役所、市議会、県、国など)を明示
が、整然と書かれています。 

本当にわかりやすいです。 ちょっと欲張りすぎ?という感じもする施策案ですが、わかりやすい構成です。 ちなみに千葉の熊谷さんは、シンプルな構成で、企業との癒着防止、ハコモノ建築禁止など、わかりやすい項目をあげ、少し説明している程度です。 (何年もかけて準備してきた吉田さんと、いきなり選挙に出た熊谷さんの違いということですが)

そして、具体的な中身ですが、住民投票を盛り込んだ自治基本条例制定など流行りのものもあったり、「いのちの基金」創設、行政の議会答弁・対応のあり方改善など珍しいものもあったりしますが、全体としては非常にオーソドックスです。別にオーソドックスが悪いわけでなく、「当たり前のことをきちんとやるだけ」で、十分に行政サービスはよくなるということだと思います。

さて、33歳の若者が、50歳以上の幹部だらけの市役所に突入していきます。 実質的に初めての組織運営です。 大変だと思いますが、その志で突っ走ってもらいたいです。

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横須賀市長選挙の意味あい

【横須賀市長選挙に見る、大きな流れ】

Photo 昨日の日曜日に、横須賀市の市長選挙が行われました。 自民公明民主、その他の様々な団体が事実上押している現職の勝利と思いきや、なんと、33歳の市議会議員の勝利。 どんでん返しです。 奇跡です。 (ちなみに、横須賀の民主党は吹けば飛ぶような存在なので、もともと力はありません。 アンチ自民公明という形で、民主支持者はいますが、その受け皿は、民主党としてはほとんどありません)

以下、ヤフーニュースです。 (ソースは産経新聞)

任期満了に伴う神奈川県横須賀市長選は28日投開票され、元市議、吉田雄人氏(33)=無新=が、再選を目指した蒲谷亮一氏(64)=無現=と弁護士、呉東正彦氏(49)=無新=を破り初当選した。吉田氏は、千葉市の熊谷俊人氏(31)、三重県松阪市の山中光茂氏(33)に次ぎ、全国で3番目に若い市長となる。

 地元の小泉純一郎元首相が全面支援した現職の敗北だけに、小泉氏の次男、進次郎氏(28)が立候補表明している次期衆院選にも影響を与えそうだ。

 現職の蒲谷氏は小泉氏や大半の市議らの支援を受け無所属で出馬し、2期目を目指した。一方の吉田氏は、蒲谷氏が旧自治省出身であることを批判し、「脱官僚」や情報公開を訴え、初当選した。

 当選後、吉田氏は「小泉元首相にしろ、民主党にしろ、政党が横須賀を変えることはできないことが証明された」と語り、敗れた現職の蒲谷氏陣営は「小泉人気も通用しなかった」(幹部)と肩を落とした。

投票率45%は大きいです。 前回の投票率は40%、今回は45%です。 1%が約3500票ですから、1万7000票分、前回より増えたことになります。
現職は、前回選挙とほぼ同じ6万4000票。 組織選挙の上限の数字なんだと思います。前回の対抗馬(無所属)は、5万8000票。 当選した吉田さんは、これに1万票を上乗せして、6万8000票で当選。 増えた票数の、6割近くを獲得したということだと思います。 (ざっくりとしたイメージです)
神奈川新聞の出口調査によると、無党派の6割を獲得ということなので、数字は合います。 

横須賀は古い町で、典型的な保守の町です。 しかし、保守も強すぎて、保守の中で、グループは割れています。 ということで、アンチ現職の保守は、吉田氏についたか? (同じく出口調査によると、なんと自民党支持層からも40%獲得! だた、これは前回の選挙にも見られた傾向でしたが)

実はこの保守分裂、最近の田舎ではよく見られる傾向です。 保守が分裂し、アンチ保守が動き、無党派がどっと投票するという流れは、田舎では最近顕著にみられる流れで、日本全国で、保守に支えられた現職市長がどんどん落ちています。 ちなみに、千葉市は、アンチ保守票がもともと多いところなので、アンチ保守票+無党派で圧勝です。 

いずれにせよ、吉田氏大健闘です。 千葉市以上に、厳しい選挙を見事勝利しました。 衆議院選挙前で少し選挙機運が盛り上がっていたという追い風もありますが、投票率を上げたのは、吉田氏本人の力が大きいと思います。

次のエントリーで、吉田氏のマニフェストを見てみましょう。

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東国原知事の、3年間の知事の仕事の評価は?

Photo 東国原知事の、「総裁候補条件」発言は、意外性と大胆さで、大変なニュースになりました。 すべてのコメントが、政局の中での捉え方で、「東国原がしたたかか。またイメージを上げた」、「古賀がピエロになった」、「古賀なりの深遠がある」とか。 このニュースに対する現職議員のコメントもおもしろかったです。 議員のセンスと、器の大きさが、そのまま現れる感じでした。 永田町の常識のフレームで答えたコメントが多かったですね。 永田町の常識は、世間の非常識。 

さて、このニュースを真面目に考えてみましょう。
「東国原知事は、総裁=総理の器か?」

政治家のパフォーマンスは、どのように判断すれば良いでしょうか? 会社の場合は、売上や利益など、とりあえず判断できる指標があるのですが、政治家はどうか? 
どれだけ地元に公共事業を落としたか、冠婚葬祭の出席回数など、ギャグのような指標もあったりしますが、真面目にとらえれば、実は難しい話です。

どうやって政治家の仕事の、良い悪いを判断するか?
良くて当たり前、悪いと叩かれると、何とも厳しい仕事ですが、そもそも、どのような仕事が良くて、どのような仕事が悪いのか? これが、はっきりしないから、政治の話は永遠に続きます。 愛や恋愛の話と同じですね、笑。

実際、万能な判断軸はないと思います。 昨日のエントリーにあった公会計の視点では、一人当たりの将来の税金額をいかに小さくするか?という指標が出てきますが、それも厳密な計算が難しい。 結局、判断軸は、有権者個人個人で見つけ出すしかないわけです。

その判断軸が、「なんとなくのイメージ」だったりするので、千葉県では森田健作が知事になってしまったりして、民主主義の悲哀があったりもします。
有権者自らが判断材料を収集して、判断軸を作って、判断するというのは、かなり難しいのです。株式投資の際に、その会社の将来判断をすること自体も難しい。 でも、株式投資の場合は、様々な指標や材料を専門家が提供してくれます。 その加工された情報を見て、判断して、投資の是非を決定します。

これと同じことが、政治の世界にも必要だと思います。 学者や政治ジャーナリズム(マスコミ)が政治家の仕事の是非を判断するための指標、指標が難しければ材料を提供すべきです。 それが仕事です

東国原知事のニュースが出た時に、(視聴率にはあまりつながらないかもしれませんが)彼の政治家としての仕事を判断する材料を出して、分析する報道が欲しかったです。
東国原知事は、
・どのような問題意識を持って、県庁運営を行っており、
・具体的にはどのようなことをやっていて、(あるいは、やっていくなくて)
・結果として、どのようなことが起こっているか

という、まさに知事の仕事を総括する報道が欲しかったです。

新人の政治家(立候補者)を判断する場合は、問題意識と、問題意識に対応した打ち手の方向性くらいしか判断材料がありませんが、現職の場合は、実際仕事をしているので、その実際の仕事を通して、評価が可能なわけです。
東国原知事が、「総裁候補条件」を出した時、それが政局的な発言であっても、真面目に、彼の3年間の宮崎県庁運営を分析する報道が欲しかったです。

その報道が出なかったのは、
・実は、誰も真面目に、東国原知事の仕事を分析したことがない
・材料はあるが、視聴率にならないから、読者の関心が低いから、報道されない
・そもそも、政治家の仕事を評価するという視点がないから、知事の仕事の分析という発想もない
のいずれかの理由です。 どれなのでしょうか、報道番組のディレクターさん。

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役人に買収された、国土交通省大臣?

【税金ぼったくりの、天下り法人】 AERA 2009年6月29日

財団法人、別名天下り法人「道路保全技術センター」の、税金ぼったくりの構造をレポートしています。 もともとは2007年の秋くらいに読売新聞が、(リークによって)記事を出したのが、最初だったような気がします。

国土交通省の出先機関である全国8地方整備局が今年度、民間参入を進めるため公募方式による発注に切り替えた道路管理関連業務88件(総額32億円)のすべてを、同省OB57人が天下る財団法人「道路保全技術センター」(東京都港区)にこれまで通りの随意契約で発注していたことが、読売新聞の調べで明らかになった。 (2007年10月10日14時39分 読売新聞)

道路管理業務のひとつが、「路面下空洞調査」。 実は、調査能力がないのに、受注金額の三割をピンハネして(自民党、河野議員)、民間業者に丸投げ状態。 今までは、随意契約で独占受注。 問題になって、国土交通省は、入札を始めたが、入札条件を厳しくて、実質的にその天下り団体しか受注できない仕組みにしてしまい、昨年も、国土交通省の「総合的な審査」で、天下り団体が落札

しかし、昨年は、今までの丸投げされていた民間業者が入札に参加したため、違う業者に丸投げ。 この新しい業者の調査能力が低く、道路の危険を見逃したデータが多かったがことが判明。 見逃しただけでなく、調査自体がいい加減だった可能性も出てきて、てんやわんやという状況。

この典型的な、管轄省庁と、天下り団体による出来レースの、税金ぼったくり構図。 自民党の河野議員がかみつき、昨年度の調査のいい加減さを証明すべく、今まで丸投げの形で委託されていた業者を使って、再調査を実施。 
これで、いい加減な調査がバレてはいけないと、国土交通省が必至の抵抗。 つまり、今回のいい加減調査の事実が明らかにならないように、妨害工作。

そして、民主党の事業仕分けでも、この天下り団体が取り上げられ、自民、民主のダブルで、総攻撃が始まりました。

自民党の河野議員は、今日のメルマガで、自民党の金子国土交通大臣、および副大臣にケンカを売っています。 「これだけ状況証拠がある状態で、しかも権限がある大臣、副大臣が動かないというのは、どういうことだ?」と

本当にそうですよね。 大臣、副大臣は、官僚の見方。 有権者の見方ではありません。
大臣になって、国土交通省の役人が、大臣の選挙区に公共工事を落としてくれたという借りがあるのか、強いことが言えないのでしょうか。 見事に役人に、買収されているということでしょうか

自民党vs民主党でなく、「既得権に優しい政治家」vs「既得権に厳しい政治家」という区分けの方がわかりやすいです。 自民党の河野議員は、明らかに後者です。 50代以上が中心の既得権グループがタッグを組んで自らの既得権を守ろうとします。 それに戦う河野議員のような議員は、我々がしっかり支えなければなりません。

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母子加算復活の、本質的な視点

Photo 近代国家は、弱者を社会で支えるという理念を持っています。
誰が弱者か、どのように支えるかは、(実質的には、選挙で選ばれた国会議員による)話し合いで決めていきます。

民主党のやまのい和則議員が、生活保護を受けている母子家庭向けの、金銭援助「母子加算」について、熱心に訴えています。

(子供が18歳以下の)母子家庭は、社会的弱者になりうるので、所得が少ない場合は、社会で金銭援助(児童扶養手当)をしましょうということになっています。
計算方法は若干複雑なのですが、母一人子二人の場合で、年収180万以下で、月4万6000円くらいでしょうか。
年収があがるにつれ、段階的に下げられ、年収340万円くらいで、援助がなくなります。
(母子家庭の平均年収は170万円くらいのようです、これに養育費などが加算)

やまのい議員が訴えている「母子加算」は、母子家庭で、その世帯が生活保護状態にある家庭に援助されるものです。
生活保護は、最低限の生活が可能になるよう、様々な世帯パターンを想定して、援助される金額が決まっています。
したがって、子供がいる場合も、いない場合に比べて、援助額が厚くなるのですが、それに加えて、「いろいろ大変だろうから」と、母子加算という追加援助が行われています。歴史は長く、物価水準にあわせて上がってきました。

その母子加算が、今年4月に廃止されました。
廃止理由は、厚生省いわく「普通に働いている母子世帯にくらべると、結果的に、母子加算と生活保護で暮らしている母子家庭の方が、使える金額が大きくなるから、バランスを取る」ということです。

確かに、働いている世帯とくらべて、フルに援助を受けている方が使えるお金が多いというのは、ちょっと納得いかないので、厚生省の主張にも頷くことが可能です。

その母子加算復活を主張する、やまのい議員の論拠は、
とにかく子供が小さいうちは、手厚く援助せよ。 小さい段階でギリギリの生活をさせるのは、教育見地上よくない。
この時点で、スタートラインが違ってしまい、将来的に苦労するのは目に見えていて、「平等」の考え方に反する
・もちろん、生活保護の制度自体も、この視点で、再考する必要がある (つまり、子供が小さい世帯の生活保護は、手厚くするということ)
この母子加算は、「子供が小さいうちは、手厚く援助する」という基本理念を突き通す、最初の一歩
・とにかく、何の責任もない子供に、「極貧」状態を経験させるのは、問題である
・生活保護制度も含めて、貧しい状態の多い母子世帯向けの援助を充実させるべし
という感じです。 (6月17日のメルマガ

要は、母子家庭への、社会(行政)としての援助の水準をもっと上げるべきで、何もできない子供に極貧を経験させるな、という主張の延長線上で、「母子加算廃止」の反対ということです

特に、病気や障害で母親が働くことが難しい、約3.2万世帯については、働くことによるリカバリーも不可能で、母子加算廃止は、単純に、生活水準を今までよりも下げるということになるとのこと。
(ちなみに、母子父子家庭は合計で80万世帯、母子家庭は推定でその9割前後)

厚生省の主張は、現状の援助体系の一貫性を保とうという視点、やまのい議員の主張は、現状の援助体系自体を、特に母子家庭について、抜本的に見直すという視点。
視点の論争
です。

個人的には、やまのい議員に賛成です。

しかし、どのニュースも、この視点の違いをきちんと説明できているものがないのです。
「廃止による母子家庭のダメージ」、「母子加算に変わる、新しい援助制度が用意されている」など、非常に表面的な議論の報道ばかりです。
やまのい議員のコミュニケーションが下手なのか、新聞記者が手を抜いているのか? たぶん、両方なんでしょうね。 やまのい議員、頑張ってください。 応援しています。

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国会議員は、臓器移植法改正案「賛成反対」の論拠を説明せよ

Photo 昨日、衆議院で採決された、臓器移植法改正案は、いろいろな意味で、通常の立法プロセスと異なります。 最も大きな違いは、完全に議員個人の判断による採択ということです。 通常は、党として拘束がかかりますから、個人としてはいろいろ考えるところがあるけれど、党の方針に沿って、賛成反対票を投じます。 しかし、今回は、完全に個人判断です。 全党が、党の拘束を外しています。

今回の臓器移植法改正案は、政治的には、以下の二つの特徴をもっています。

・(子供の)脳死と移植がテーマなのですが、脳死や移植において当事者になる有権者があまりに少ないので、ニュースでは報道されるものの、有権者全体の関心はかなり低い
・一方で当事者にとっては、まさに、人生の中で最も大事な内容で、全身全霊でこの法案と向き合っている。 しかも、脳死の子供を持つ親と、移植を待つ子供を持つ親で、180度反対の向き合い方

ほとんどの有権者は関心ないけれど、(極めて少ない)当事者だけは、命がけで関心があるという、二重構造の中で、議員は判断する必要があります。

この極めて少ない当事者、しかも完全に意見が割れる当事者に向き合ったのか、それとも、有権者の関心が弱いので、身近な議員の誘導に従ったのか、議員の事情は様々だと思います。 ここに、議員の特徴が出ますから、すべての衆議院議員は、自分の賛成反対票の根拠について、説明してもらいたいです。 民主党の岡田克也議員、逢坂誠二議員、自民党の河野太郎議員などは、ブログで説明しています。 全部を確認するわけにもいかず、他にもいるでしょうが、説明していない議員の方が圧倒的に多いような気がします。 私のような、政治に関するオピニオンリーダーは、しっかりその動向を見ていますよ、笑。

今回の法案は、
・「脳死とは言えども、見た目は普通に見える状態なのに、「社会的には死んだことにする」という判断は受け入れられない!」という、まさに脳死の子供がいる家族(と、その支持者)の価値観と、
・脳死の子供からの臓器提供によって、助かるかもしれない、移植が必要な子供の家族(と、その支持者)の価値観
の、ぶつかり合いです。 まさに、価値観のぶつかり合い。

「脳死=社会的な死」という認識になれば、脳死の子供を持つ家族は、臓器提供のプレッシャーにさらされます。 「あなたの子供はもう死んでいて、あなたが判断しさえすれば、移植を待つ子供が助かるかもしれない」というプレッシャーです。

脳死では、心臓が動いており、呼吸がされ、血液が循環して、普通の感覚では生きているように見えます。 家族にとっては、絶対に生きているように見えるはずです。 この家族の苦しみは、当事者以外は絶対にわかりません。 しかし、この苦しみを越えて、臓器提供に合意する家族もきっといて、移植の道が開かれる子供もいるのです。 その可能性を開くには、今回のA案は、社会的に必要な選択だと思います。 私が議員ならば、A案に賛成票です

今回、共産党は棄権です。 逃げましたね。 どうして逃げるのだろう? 

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「壊し屋」橋下知事のインパクト

Photo 6月18日のヤフーニュースによると、大阪の橋下知事が、次の衆議院選挙で、支持政党を表明するとのこと。
知事選挙では、確か、自民公明の推薦をもらっていたはずなので、普通に考えると、そのご恩で、自民公明支持なのですが、「それはそれ」と、ばっさりのところが素敵です。

大阪府の橋下徹知事は17日、大阪府庁で中田宏横浜市長と対談し、地方分権を進めるには中央の官僚依存政治を改革する必要があるとし、次期衆院選では、自らが支持する政党を表明する考えを明らかにした。
(ソースは、産経新聞)

週刊誌で言われている通り、橋下知事は、小泉元首相のような、有権者のハートを鷲掴みするコミュニケーション力があります。 有権者の政治・行政に対するイメージは、

・あんまり信用できない、仕事しない
・国も、自治体もいい加減で、将来を委ねるには、本当に不安
・優れたヒトに、このいい加減で、不安な状況を打破してもらいたいが、
・それに適したヒトは誰なのか、よくわからない

ということに尽きると思います。 したがって、有権者のハートに刺さるメッセージは、

・国も、自治体も、根っこから腐っていて、いい加減
・これを改革するには、ケンカするしかない。 それくらい、相手は頑固
・ケンカして勝たなくては、改革は成功しない

・それができるのは、自分だ!

ということです。 このメッセージをわかりやすくするために、

・役人がダメダメであることの象徴である、事例を大きく取り上げ、
・それを徹底的に批判する。 相手が反発すれば、もっと批判して、ケンカを盛り上げる
・盛り上がったケンカを通して、事の本質をあぶり出し、世論を見方につける

という戦術を取ります。 取り上げた事例は、大阪府の第三セクター、教育委員会などで、最近のヒットは、国の直轄事業(国と地方の奴隷関係の象徴)です。
ケンカを盛り上げるために、うまくテレビを利用しています。 奴隷関係という表現もうまい。
直轄事業の議論では、完全に世論を見方につけました。 そこまでが言い過ぎならば、いわゆる政治的なオピニオンリーダーを見方につけています。

もちろん、組織改革をするのに、そのメンバーに対して「お前はダメだ」と言い続ければ、反発は必死で、組織改革はテクニックが必要です。
そのテクニックを橋下知事が意識しているのかというと疑問ですが、それは組織運営をしたことがないから仕方のないことです。 彼は、「壊し屋」です。
ソ連の時の、ゴルバチョフみたいなものです。

こういった事例が積み重なるにつれ、改革リーダーのイメージはどんどん出来上がり、彼の一つ一つの発言のインパクトが増します。
そのような状況の中での、「支持政党を明確にする」宣言です。

彼は真面目なので、大阪府の仕事を引き受けた以上、大阪府の仕事をやり遂げるという基本スタンスだと思いますが、周りから懇願されれば、国政もありでしょう
霞ヶ関に対する鬱積は、相当なものだと思います。

現時点では、自民党と民主党の、二者択一状態ですが、その違いよりも、もっと明確な違いがあります。 既得権に優しいか、あるいはゼロベースで見直すのか
民主党にも既得権に優しい議員がたくさんいます。 役人、農協、(経営努力をしない)零細企業という既得権に優しい議員がいます。
逆に、自民党に、既得権と戦う議員もいます。 農協と戦う石破議員をはじめ、前回紹介した、河野議員などは、役人とケンカしまくっています。

目先は、自民党vs民主党で、民主党が政権をとる勢いです。
しかし、民主党の、「既得権に優しい」議員の皆さんが、自民党のように、緩い政治をやると、民主党の、「既得権をゼロベースで見直す」議員さんが、ものすごい反発をすると思います。
ここで、民主党が割れるでしょう。 その時に、自民党の、「既得権をゼロベースで見直す」議員さんが、どう動いてくるか。

議員になるために、そしてなり続けるために、様々な形で、いろいろな人から、お世話になります。それが、貸し借りであり、しがらみで、政策を作り上げる時に、障害になります。
長い間、議員をやればやるほど、その貸し借りはつみ上がり、同時に障害もつみ上がるのです。

これを打破するのは、やはり議員の期間が短いヒトで、今まで反主流と言われ続けたヒトだと思います。 私は、その反主流を応援し続けます。

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文部科学省の天下り団体は、不要のものばかり

東京財団が地道に啓蒙している「事業仕分け」という政策・事業評価手法がじわりじわりと広がり、今や自民党の改革派が積極的にその手法を取り入れ、活発な政策論議が行われています。

6月8日には、文部科学省から予算が投入されている「天下り法人」の事業について、一般公開の中で、事業評価が行われました。 ちなみに、中心人物は、河野太郎さんで、隣の選挙区の亀井善太郎さんも、河野さんを支えています。 この二人は、まさに2世議員なのですが、政治信念と合わない場合は、既得権としっかり戦うという、2世議員の「しがらみデメリット」を完全に克服しています。

その評価会議が、河野さん亀井さんのブログで報告されています。

官僚の世界の悪しき特性のひとつが、一度予算がついた事業は永遠に続くというものです。
官僚は「前年と同じことをやる」ことが仕事だあると本気で思っているし、事業の周りには既得権があって、その既得権者が必死にその既得権を守ろうと活動するので、一度出来上がった予算(組織、事業)は永遠と続くのです。 時代環境がかわって、そもそもの目的が無意味になっても、事業と組織は残るという、なんとも不思議な世界で、役所が「時代の変化に対応できない」理由でもあります。

その悪しき特性を突破すべく、ゼロベースで行政サービス(事業)を見直して、事業の存続をはっきりさせるという手法が、「事業仕分け」=「政策棚押し」です。

その事業の「そもそもの目的は何か」、「その目的は正しいか」、「その目的のための手段は適切か、他のやり方はないのか」、「では、どうすれば良いか。 継続か、中止か、抜本的変更か」。 こういった当たり前の議論を、ガチンコでやるのが「事業仕分け」です。

歴史があると、そもそもの目的を離れて、「事業を継続すること自体が目的となる」という、官僚の組織にはびこる「パーキンソンの法則」をぶっ壊すのに、最適で、かつ簡便な方法です。

亀井さんのブログを参考にすると、検討した天下り団体すべてが、廃止あるいは再編すべしという結論になっています。 目的は良いとしても、目的の手段が非常に不適切で、ゆえに天下り団体の存在の意義がないと結論付けています。

・アニメの殿堂(独立行政法人 国立美術館)運営は、は目的自体がよくわからないし、計画自体も非常にラフ
・独立行政法人 日本学生支援機構の奨学金制度は、目的自体は良いとしても、運営がずさん。2000億円以上の未回収を生み、組織的にほとんど回収努力をしないという、民間では考えられない状況。 民間に移行すべし
・独立行政法人 科学技術振興機構(JST)、独立行政法人 日本学術振興会(JSPS)は、すみ分けが曖昧。 運営コストだけ膨れ上がり、再編の必要性大。 また産学連携拠点整備を行う事業(約700億円)も、既にある設備で十分なはず。 やめるべき

などなど、ごろごろ廃止、再編事業、天下り団体がでてきます。
読めば読むほど、頭にくる話で、本当に無知は怖いというか、知らないところで、官僚は本当にいい加減なことをしているなぁと実感します。

こういったことをあぶりだす、自民党若手チームは素晴らしいです。
市民は、知らないから政治に関心がないだけで、知った瞬間に怒り心頭で、政治への関心もぐっとあがるし、それが「あるべき行政サービス」に近づく第一歩のような気がします。

複雑な世の中になって、全体が見通しにくい社会になりました。 その大きな社会の矛盾、非効率、不正をひとつひとつ明らかにするのが政治の仕事なのかもしれません。 本来ならば、ジャーナリズムの仕事でもあるのですが、政治家も頑張らないといけないほど、社会は大きくなり、ジャーナリズムが商業化したということでしょうか。

河野さんや、亀井さんの活動をみると、民主党と近いような。
自民、民主という切り分けではなく、既得権に対して甘い政治家、厳しい政治家の切り分けの方が、市民から見るとしっくりきます。 こういうのが政界再編なんでしょうか。

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政治は芸能ニュースのひとつ

【みのもんたが政治を動かす】 週刊東洋経済 071222

2 1年半前の東洋経済の特集から。 テレビの、政治への影響力について、取り上げています。

テレビにおいて、政治も芸能ニュース化というか、エンタメのネタのひとつになりつつあります。 なぜなら、将来に対する不安が、この10年で強くなり、不安心理を背景にした、「社会の悪」追及が、視聴者の心に突き刺さるから=視聴率が取れるからです。
だから、ニュース番組、芸能番組は、政治関連のネタに取り組み、その放送時間がどんどん増えていると思われます。

しかし、テレビ番組は、短い時間でわかりやすさを追求しないといけないので、実際は相当複雑な内容であっても、単純化します。 つまり、誰が悪者で、誰が弱者なのかという、善悪の軸で単純化します。 視聴率の取れる番組の作り方としては常道ですが、これは、思わぬ影響を世論に与えます。 (作り手は、確信犯かもしれませんが、そこまで政治的な意図を持ったTVディレクターは少ないでしょう。 報道番組でさえも、彼らは、ひたすら、視聴率が取れるかどうかで番組を作っています)

悪者のイメージを持つと、その悪者に対して、一気に反投票行動を起こします。 実際は、テレビが報道するような単純な事情ではないのですが、視聴者、つまり有権者は番組の内容を受け入れ、一気に善悪のレッテルを決定します。

複雑な事情をひも解いて、善悪を自らの軸で判断する有権者なぞ、当事者以外ではあり得ません。 結局、番組が作り上げた善悪の軸が、有権者の投票軸になるわけです。

社会調査では、「マスコミの情報は正しくない」と半分が答えているにも関わらず、政治情報は、ストレートに受け取っています。 民度が上がる手前の、過度期の現象なのでしょうか? 笑

2007年の参院選挙で大敗した自民党の選挙事務局、茂木敏充衆議院議員は、その原因を以下のように述べています。
・主婦だけでなく、サラリーマンまでも、ワイドショーからの情報が一番強い
結局、ワイドショーの番組構成による、政治的メッセージが、世論になってしまう
現状は、不安が強く、不安を煽る、あるいは不安を作った犯人探しの番組構成になるので、現政権にとっては、厳しい世論が必然的にできあがる

テレビ政治を悪いとは思いません。 ただ、番組を作るヒトが、その影響力にどれだけ自覚的であるかは大事だと思います。 単純化してわかりやすくするのは仕方ないにしても、できる限り、複眼的にモノを伝えることを忘れてはならないと思います。

また、政治家も、安易に単純化された番組にのっかるのでなく、番組構成に口を出して、できる限り政策論争に繋げる努力をしてもらいたいものです。 本質をついていて、しかもわかりやすいという番組作りが、製作者と政治家の腕の見せ所です。 

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政治家の技術、それは「世論作り」

【政治家の技術】 

好きな議員の一人が、北海道の逢坂民主党衆議院議員です。 行政の決算報告ルールの見直し、公文書ルール作りと、絶対に票に繋がらない内容をライフワークとしており、目の付けどころ、そして使命感と、素晴らしい。 しかも、偶然にも、知り合いが秘書になったということで、世の中狭いというか、なんというか。

私の仕事は、経営コンサルティングですが、数年前まで、社長として中小企業数社の再建に携わってきました。 今は、結果責任の伴わない、普通のコンサルティングにシフトしてしまって、楽しているのですが、また復活します、笑。
さて、会社再建で大事なことはいろいろありますが、技術的に大事なことは、仕事の進み具合、結果などをわかりやすく社員と共有することで、それは、どのような報告書や社内帳票を作るかということに繋がります。 これは、まさに決算報告というか、月次(時に週次)報告書作りが大事になってきます。 実態がよくわかるから、社員は次の行動に自発的にうつるわけです。 

政治も同じだと思っていて、行政サービスの実態、つまり費用のかけ方とアウトプットが、わかりやすくなれば、市民も自発的に動くだろうと。 例えば、「それは、ちょっとズサンじゃないか?」と。 
今の行政決算報告は、項目が粗すぎる、また単年度主義会計で数年かけている事業だけど通して見れない、言葉がわかりにくいなど、かなり勉強しないとわからないという、とんでもないモノです。 
(わかりにくいから、行政の財政分析するだけで、学者は飯が食えるのですが、笑)

そんな行政の会計報告に、ほぼ単身で突入しているのが逢坂議員で、素晴らしい。 政治の関心のある人(といっても、ほとんどいませんが)には、紹介しまくっています。

しかし、ライフワークで、相当勉強されていると思われるのですが、逢坂議員、関連書籍・論文を全く出していない。 だから、逢坂議員を紹介しても、「あとは、これを読め」と言えない。 ミクシイの一部にありますが、ちょっとしたメモ程度。 逢坂議員がニセコ市長時代の、会計報告書を見せると、何となくイメージは伝わるのですが、ちょっと本質的でない。

政治家の仕事は、「社会を変える」ことですが、「社会を変える」ために、「世論を作り出す」というのも、技術論ですが、大事な仕事だと思います。 ほとんどの市民は、「難しいことはわからないから、あとはうまくやっておいてよ」という、お任せ民主主義ですが、それでも、世論の支持がなければ、社会は変わりません。 

いくら良い視点や提案であっても、世論で盛り上がらなければ、既得権者の猛烈な抵抗に負けてしまいます。 この世論つくりというのは、民間ではPRといって、消費財の会社は真剣に取り組んでいます。 自社の製品を、消費者の皆さんに「認識してもらう」ために。 

政治も同じで、自分の政策を「認識してもらう」ために、世論を作り上げるということに対して、もっと精力を傾けなくてはなりません。 いくら、国会の委員会で発言しても、世論を作り出す、つまり認知と理解が広がらなくては、単に議事録で記録されておしまいです。 それが政治家の仕事というならば、学者とかわりません。 政治家は、社長と同じく、結果出してなんぼです。

逢坂議員、あたたの視点・提案は本質的に正しい!!、次は、世論つくりだ! 私も陰ながら、まわりに説明しています。 世論つくりのためには、まずは土台となる書籍、そしてマスコミ露出の頻度です。 頑張れ!

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庶民の知らぬところで、ひと儲けする天下り団体

高速道路はないよりあった方が絶対に便利です。 滅多に利用しなくても、利用した時は「時間短縮」で、便利さを痛感します。 整備新幹線も似たような話です。

だから、有権者は強くは反対しません。 逆に、高速道路の建設によって、建設関連の会社が潤いますし、なんたって、高速道路ができてしまえば、それを維持するために、民間になったとはいえ、実質道路公団と変わらない、天下り団体の会社&ファミリー会社が潤います。 だから、建設関連と役人は、必至に高速道路建設を推進します。

利用の頻度が極めて低い道路建設は、明らかに税金の無駄です。 道路のような巨大プロジェクトは、借金で作りますから、将来の負債です。 子供たちが支払う負債です。 建設会社と、天下り団体のために、将来の負債を背負う構造です。 でも、その将来の負債を背負う構造が、現在の有権者にはピンとこないから、「なんか変だなぁ」と思いつつ、強く反対しないのです。 有権者が「よくわからない、関心の低い」ことを利用して、税金を合法的に囲い込んでしまうのが、官僚&天下り団体です。

このズルズルの構造を止めるのが、数十年先を見通して、国づくりを行うことが仕事の、政治家(国会議員)です。 
今、皆が100円もらえるけれど、10年後にもっと大きい金額になって返済がやってくるという、時間軸が大きすぎて、わかりにくい内容を、「今、もらえる100円は本当に正しいのか」と、見識をもって判断するのが政治家です。

道路公団の民営化で、不採算見通しの高速道路は造らないという原則を決め、国費(主に道路特定財源)も投入しないと、小泉首相時に決めています。

しかし、27日の国土開発幹線自動車道建設会議(国幹会議)で、不採算の高速道路を造り、かつ、国費も投入するということが決まりました。 この会議は、国土交通省の諮問会議で、国交省は「やる」という判断をしたわけです。 ちなみに、金子一義大臣は、ズブズブの二世議員です。

この国幹会議の酷さを、民主党のまぶち議員が嘆いているというか、怒り心頭です。

まぶち議員によると、いきなり召集されて、資料も当日配られて、それで1.5兆円の高層道路建設の審議が十分にされたということで、GOの決議だとか。 (議員10名と学者など10人の合計20人、自民系と、御用学者で過半数です。 人選は、役所&大臣です)

高速道路(道路公団)や道路特定財源(ガソリン税など)の問題は、最近すっかり報道されなくなってきたのをいいことに、国土交通省の役人は、せっせと既成事実化を進めます。 こういう話は、草彅さんの事件よりも、大事な気もしますが、やっぱり草彅さんの報道ばかり。

ドラゴン桜の先生の名言、「バカは、頭のいいやつに徹底的に搾取されるんだよ」と似たような構造で、「関心の低い有権者は、頭のいい官僚に徹底的に搾取されるんだよ」ということでしょうか。

それでも、まぶち議員には頑張ってもらいたい。 頑張れ!

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民主党支持者は、民主党の何を評価しているのか?

秋田知事選挙でも、民主党の候補が敗れました。 千葉県についで連敗ということになります。

ただ、秋田と千葉を同じように比べるのは厳しいです。 公共事業依存が少なく、新しい住民の多い千葉県は、国政の比例区でも、基本的に民主党が強いのですが、秋田県は全く逆です。 秋田は基本的に自民党が強いです。 民主党が圧勝した、平成19年の参議院選挙でも、秋田は自民22万、民主21万で、自民が勝っています。 平成17年の衆議院の、郵政選挙では、自民24万、民主20万。公明の基礎票が、6万票あるので、基本的には、自民公明連合が優勢なのです。

したがって、風が吹かず、普通の選挙になってしまえば、自民公明連合が勝ちます

民主党系の、寺田典城前知事が、97年の選挙で勝ったのは、本人の力もありますが、県庁の裏金(官官接待など)の問題が表面化して、これが争点になり、アンチ現職の風にのったからです。 その後は、現職の強みと、次男の衆議院選挙ネットワークなどで3選です。 これが例外だったのです。

だから、今回の佐竹敬久の当選確率はもともと高かったのです。佐竹は秋田ではネットワークのある方で、候補者としての力量も十分でした。

民主党の候補者が、寺田後継といっても、所詮概念上の後継に過ぎません。 有権者にとっては、あまり訴求ポイントになりません。パッと見で、どっちが「改革リーダー」にふさわしいのか、これに尽きます。 確かに、実績十分の候補者でしたが、やはり60オーバーの政治家ですから、「新しさ」は感じられません。
そして、小沢事件の影響は絶対にあります。 民主党への風は確実に弱まっています。

もともと自民が強い地域ですから、「アンチ現状」の風が強くなり、その風を受けるに足ると期待されないと、民主党候補者は勝てない地域なのです。
アンチ現状の風はありますが、その風を受けるに足ると思われるほどの期待がちょっと弱くなっている以上、今回の選挙結果は必然です。

Photo_3 民主党の積極的支持者は少なく、多くは「アンチ自民党(官僚)」の受け皿としての民主支持です。比較的若手が多い議員構成、小沢を支えるツートップが菅に、鳩山という、政治家っぽくない二人ということで、「アンチ現状」の対抗組織としての、期待が高まっています。
つまり、「若い人が、既得権の塊をぶっ壊してくれる」「政治家っぽくない政治家が、古い金権政治を打破してくれる」という、有権者の潜在的な期待が、民主党の「見た目」とクロスオーバーしており、それが、受け皿としての民主党支持に繋がっているのです。

小沢事件は、「民主党も、結局、金権政治か」というイメージを広めました。 検察の対応など、テクニカルにはいろいろありますが、結論として、「民主党も、結局、自民党と同じか」という落胆に繋がっています。 

Photo_4 民主党の切り札は、「天下り完全廃止(官僚と戦う)」「企業献金禁止(脱金権政治)」を、党のメッセージとして、強烈に出すことです。 有権者にとって、民主党はいったいどんな政党なのか、全くわかりません。 あくまでも、自民党の対抗組織としてのイメージしかありません。 

民主党が理念を突き通し、現実を乗り越えて、新しい政党になれるのか、それとも、中途半端な妥協で、少しだけましな自民党レベルで終わるのか、まさに組織の自浄作用が問われています。 その象徴が小沢代表の辞任&「新しいタイプの政治家」の就任&戦略的なPR活動の三位一体の思い切りです。 個人的には、今回の小沢事件は、検察側の問題が大きいと思いますが、ある意味、古い体質の政治家を一掃する良い機会です。 これを機会として捉えられるのか? 頑張れ、民主党の若手政治家!

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政治家は0.5秒で選ばれる

【人は0.5秒で選ばれる】 重田みゆき ダイヤモンド社

Photo 人間関係の多くは、第一印象で、その後の展開が決まる傾向にあり、「良い第一印象」は、「良い展開に進みやすい」ので、だからこそ、意識して、「第一印象を作りましょう」という内容の本です。

関係が継続する人間関係(会社の人間関係、趣味の人間関係など)の場合は、接する時間が長いので、第一印象が少しずつ修正されていき、そのヒトの本質に近づいていくのですが、関係が限定的・一時的な人間関係(取引先や顧客との人間関係、地域の人間関係など)の場合は、接する時間が短いので、第一印象のイメージが、その関係の前提になるのが普通です。 

良いイメージは、相手の心を開かせるので、その後のコミュニケーションがスムーズになるのは間違いありません。 だから、その第一印象を意識的に作り上げましょう、そして、その第一印象は実は、パッと見の0.5秒なのです、というのが、重田さんの主張です。 

政治家の場合も、対有権者の場合は、まさに第一印象勝負で、その第一印象で、「この国、町を託せるか」という、大きな判断、つまり投票を行います。 実際的には、「託せるか=良さそうな人か」ということで、「良さそうな人=現状の停滞、問題を解決してくれる人」ということになります。

そこで、政治家も、第一印象を作りにいく人が増え始めました。 

ただ、政治家の場合、大切な第一印象は、とにもかくにも「改革リーダー」ということになるので、結局は、何をもって、そのような第一印象を作り上げるかというテクニック的なものが大事になってきます。

オバマ大統領のブレーンは、こういったものを突き詰めていると思われますが、ざっと考えると、強さ、明るさ、元気さ、誠実さ、賢さ、新しさ、こういったイメージの複合で、「改革リーダー」の印象を作り上げるのだと思います。

重田さんは、目、全体の表情、挨拶、声のトーン・スピード、見た目(清潔感)などで、イメージを作り出すテクニックを本で語っています。 
確かに、意識的にやれば、印象は全然変わると思います。 しかし、結構難しい。 自分で、自分の印象作りは評価できないので、他人に評価してもらわないといけません。 第一印象作りは、自分だけではできません。 他者を巻き込む必要があります。

政治家というのは、こういった第一印象作りをやった上で、さらに本質的な政策討議を行わなければならないという、本当にタフな仕事です。

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キーワードは、「役所立て直し」

【政治家はもちろんダメだが、官僚もダメ】 読売新聞 09.3.27

読売新聞の「官僚に対するイメージ調査」です。 さすが新聞社、無作為抽出で、訪問面接して1755の結果を集めています。 相当お金かかっています。 性別、年代、都市で割り付けをやっていると想定され、基本的には「自宅にいるヒト」が中心の回答結果で、個人的な感想ですが、フォロワーの割合の高い調査だと思います。 つまり、コンサバの回答者が多い調査だと思われます。

そのコンサバが多い調査でも、官僚に対するイメージとして、
・天下り 58.2%
・癒着 42.1%

・特権意識 31.9%
・省庁の利益優先 30.4%
というネガティブなものが、上位の中心です。 (マルティプル質問なので、40%以上のものを、かなりはっきりしたイメージと見ていいでしょう)

したがって、全体観として、
・官僚を信頼していない 44.5%
・どちらかと言えば信頼していない 29.1%

もう、官僚は、市民から、完全に信頼を失っています。 明らかです。 言い訳なしです。
この調査から、今の世論を、大胆に言いきってしまえば、
・官僚は、全く当てにならない
・天下り、権限を背景にした癒着など、保身の塊で、公共のための活動がほとんどされていない
・社会は、官僚のお陰で、どんどん悪くなっている
・そんなダメダメな官僚組織を立て直すために、やっぱり優秀なヒトが頑張ってもらう必要がある
・また、政治家ももっとリーダーシップをもって、官僚組織を立て直ししてもらいたい

こんな感じです。

ここから応用編として、政治家の選挙用キャッチフレーズの例としては、
・役所立て直し
・官僚再生
・改革は、役所から

個別の争点がない場合は、
・役所に対して、どういうスタンスで臨むのか
が、重要なイメージ争点になりうると思います。
ちなみに、もう一つは、新しいタイプの政治家か、古いタイプの政治家かという、新旧政治家タイプ分けもイメージ争点になります。

しかし、役所の労働組合である自治労は、建前上は、民主党支持です。
民主党は、「役所立て直し」なんて、建前的には言えません。 ここに絶望感が漂います。

役所の幹部と癒着する自民党、役所の労働組合に支えられる民主党、どっちも、役所と戦えません。 この膠着した事態を、突破しようとする政治家は出てこないのでしょうか?

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ジャーナリストと、政治家の美学

民主党は何気に、議員立法の提出本数が多いです。 本数が多ければ良いというわけではないけれど、よくやっているなぁという印象です。

京都のやまのい議員によると、今週、介護労働者賃金引上げ法案、年金遅延加算金法案、年金記録訂正促進法案の3つが国会に提出されたようです。
現実的には審議拒否にあってしまうと思いますが、どれも、有権者には納得感の高い法案です。
しかし、どれも現状をひっくり返す内容なので、現状維持志向の官僚と一体化している自民党には飲めない内容だと思います。

新聞は、こういう法案の考え方対決について、もっと分析記事を書いてもらいたいのですが、政治欄の記事は、小沢の進退がどうのこうの、副大臣の辞任が政局に与える影響がどうのこうのと、相変わらず、政局記事ばかりです。
確かに、政局記事の方が、読者は「おもしろい」と思うので、ニーズにはあってはいますが、そのような安易なニーズ適応していたら、いつまでたっても、民度はあがりません

政治に興味はある人はたくさんいるのですが、情報が少ないので、その興味が覚醒されていないだけです。
政治に対する不満・不安はいくらでもあるけれど、その内容が複雑で「うまく理解できない、だからうまく表現できない」ゆえ、くすぶっているだけです
言葉を知らないで、自分の感情を表現できない子供みたいな状態です。

ジャーナリズムが、わかりやすく情報を提供すれば、覚醒する有権者が多いはずです
ジャーナリズムは、ジャーナリズムの美学を追求してもらいたいです。
そもそも、美学自体がないから、永田町の実況中継でお茶を濁しているんですよね
権力の悪さを暴くという、第三者牽制機能的な部分もどんどん衰えていて、今回の西松建設報道でも、自社調査がほとんどなく、関係者のヒアリング情報で、紙面を構成しています。

優秀な人たちなりの、ストイックさをもって、仕事をしてもらいたいです。
新聞記事のクオリティーは、競争原理の働く部分が小さいので、「内発的な質向上へのストイックさ」だけが頼りです

破綻する前に、政策論争をまともにできるようになれるのか? これが、民主主義政治の現実的な、最大の課題だと思います。
破綻すれば、有権者全員に影響が出て、政治が一気に身近になるので、普通に政策論争が始まります。
政治が微妙に、生活から遠いところにある時、つまり破綻の前に、落ち着いて政策論争ができるか?

きっと、できないんでしょうね。 この現実を踏まえて、エリートは、自らの「ストイックな美学」で、民主主義を運営する必要があると思います
有権者の関心の薄さ・弱さにつけ込んで、「ずる賢い処世術」で政治屋になるのでなく、「公にとって一番良いこと」という「ストイックな価値観」で政治家になる人が増えることを望みます。 我々は、そういった政治家を、しっかりレスペクトしていきましょう。

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「政治と金」への、根深い嫌悪感

Photo_2 小沢民主党代表、公設秘書による政治資金規正法違反事件の件ですが、その意味と、政治的インパクトは全然違います。

政治家から見れば、「政治家に対する実質的な企業献金は、大なり小なりよくある話で、今回がアウトならば、多くの政治家もアウトになりうる」という感想を持っていて、「自分が刺されたらどうしよう?」という心配と、その裏返しで「この程度の違反は、大きな問題でない」という感覚を持っています。
だからこそ、民主党の政治家は、「代表を辞任するまでの話でない」ということになるし、小さい違反に対し、わざわざこの時期に、秘書逮捕という形の強制捜査は、「権力の背景を感じる」というコメントになるわけです。

事実は、確かにその通りです。 
ちなみに、政治資金規正法自体がザル法で、企業献金を全く規正できていません。 いくらでも、合法的に迂回ルートを作れます。 民主党の新しい議員が、この迂回ルートをつぶすような厳しい法案を検討していますが、自民党だけでなく、民主党を含めた古い議員(現在、権力を持っている議員)は、反対をしています。 政治と金の問題は、全く解決されないまま、今に至っています。

事実はそうでも、有権者の多くは、そういう解釈をしていません。

有権者は、「政治家は多くの献金をもらうかわりに、必ず何らかの便宜をはかっている」と、数々の事件から、根深い「思い込み」をしています。 だから、記載違反とかの問題でなく、数千万の献金が、しかも土木会社から出ているという時点で、「怪しい」と思うわけです。
その「怪しい」と思う直感と、強制捜査というイベントがくっついただけで、「小沢は、他の政治家と同じように、献金をもらうかわりに、利益供与を、(目に見えない形で)やっているに違いない」と、自動的に発想するわけです。

かんぽの宿のオリックス売却と同じです。 売るべきと判断したヒト(オリックス会長)と、買ったヒト(オリックス)が同じヒトであれば、そこにどのようなロジックがあっても、「やっぱり怪しい」という、自動的発想につながるわけです。 そういった疑念が出たら、様々な細かいニュースも、その疑念をサポートする事実になってしまいます。 

要は、「火のないところに煙は立たない」ということです。 有権者は、「政治家とお金の関係は絶対に怪しい。 特に、土木会社との結びつきは絶対に怪しい」と思っているので、それに関連するネタが出た時点で、自動発想です。 「金に汚い政治家」というレッテルが貼られます。

だから、法的にどうであれ、有権者は「小沢は、お金に汚い、古い政治家」とイメージします。 民主党の改革イメージが低下します。 民主党は、早めに「お金がらみの古い政治家」から、「お金にクリーンな新しい政治家」を党首に立てる必要があります。 (有権者は時間が経てば忘れてしまいますが、少なくとも、衆議院選挙までは覚えているでしょう)

民主党はそういった判断ができるでしょうか。 おそらく、できないでしょうね。 民主党でさえも、組織の内部のロジックで、今回の事態を乗り切ろうとするはずです。 「今回はの逮捕はたいしたことない」というロジックです。 しかし、組織の外部、つまり有権者はそうは見ていません。 言い訳すれば、言い訳するほど、見苦しくなります。 それくらい、「政治家と金」に関して、有権者は根深い嫌悪感を持っているわけです。 まさに、地雷を踏んで(踏ませた)しまったわけです。

この1週間、どのような展開になるでしょうか?

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実は選挙が始まる前に、だいたい当落は決まっている

前回のエントリーで、全体を左右する浮動票層と呼ばれる有権者は、「ちょっとした情報」で投票判断をするという話をしました。 今回は、その「ちょっとした情報」をどのように伝えるかというテクニックの話です。

しかし、選挙活動中は、公職選挙法で活動方法が規制されていて、実は、テクニックといっても、たいしたことはないというのも事実です。 インターネットや携帯を利用したものは一切NGですし、自由にチラシを作れるわけでもなく、枚数も限定されます。 できることは、掲示板のポスターデザイン、街頭演説、選挙カー演説、(首長選に限って)わずかなチラシと、本当に手段は限られています。

選挙期間中にできることは限られているので、だからこそ、「選挙が始まる前に体勢が決まっている」と言われるのです。 選挙前に、どれだけ活動をして、どれだけ認知と理解が広がっているかということです。 (しかし、10万票以上集めなくてはならない選挙では、なかなか難しい話ですが、1万票以下くらいのレベルだと、まさに選挙前の活動量で決まります

今回の千葉県知事選挙では、芸能人vs民主党という構図が決まっていて、「吉田平=民主党」という内容の認知および理解をどれだけ上がられるかが、今回のポイントということが明らかでした。
(ちなみに、選挙期間中に、かなりのマスコミ取材(ニュース)が入ると、マスコミの影響で構図に変化が起こります。 マスコミが入る場合、争点がはっきりしているので、多くの場合、追っかける方がマスコミの影響をポジティブに受けます)

したがって、吉田陣営は、人の多いところで、吉田本人に話をさせて、「民主党」と「吉田平」を連呼し、「経営者」のイメージを出して、「民主党出身の」「改革リーダー」であることを、認知・理解してもらうことに尽きます。 

実際には、有効投票の半分以上を占める北西部で、ヒトが多いところで街頭、街頭、街頭演説、これに尽きると思います。 朝・夕は通勤者に向けて駅で演説、昼は(支持者が関係している)様々な会合で個人演説をすることです。 こういった場の設定が、重要なテクニックのひとつです。 (選挙カーの名前連呼もありますが、都市型では、全く効果ありません)
しかし、それでも期間は短いです。 3ヶ月くらいやらないと、百万という単位で伝わらないでしょう。大型選挙の難しさです。

ポスターやチラシのデザインも、大事なテクニックのひとつです。 中身よりぱっと見の印象です。 キャッチコピー、色使い、余白を含めた全体デザインで、「改革リーダー」のイメージを伝えることができるかどうかです。 これに答えはないのですが、まさに「クリエイティブの世界」です。 意識して作っているか、作っていないかで、差が出ます。 千葉県知事候補の3人のうち、一人は、あまり意識して作っていないですね、笑。

それから、最も効いてくるのが、候補者のルックス。 これが「改革リーダー」っぽいか? つまり、誠実で、力強そうか? 誠実とは、真面目、若々しさ、さわやかさなど。 力強さとは、明るい、元気、体力ありそう、意思が強そうなど。 ルックスで一番は、やっぱり森田、さすが芸能人。 次に白石でしょうか?

結局、選挙期間中にできることは、限られていますし、結構地味です。 選挙で大事なことは、選挙の構図がどうなっているか正確に認識し、その中で、どういったイメージを作り出し、それをどうやって伝えるかという宣伝計画です。 この宣伝計画がしっかりできた上で、街頭演説などの効果が大きくなっていくし、逆に宣伝計画が失敗していると、街頭演説の努力が無駄になりかねません。

今回の千葉県知事選挙ですが、どの候補者も、「現状を改革する」というメッセージを出し切れていません。 そもそも「千葉県県庁」の「改革とは何だ?」という、わかりにくい背景もあり、改革の象徴となるテーマが見つけにくいという事情もあります。 
ただし、最も大きな理由は、候補者3人とも、既存の組織(既得権団体)にそれぞれ支えられているという背景があるから、現状の改革を強く言えないのです。 大型選挙の宿命です。

そのような千葉県知事選挙ですが、森田リードが続いているようです。 個人的には、中身のある吉田平に当選してもらいたいのですが、私ができることは、町会の皆さんに声をかけるくらいです。 10票くらいにはなるかな?

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「改革リーダー」のイメージを演出できるか?

千葉県知事選挙が始まっています。
千葉県知事選挙は、有権者数500万前後、45%前後の投票率で、220万強の有効投票の奪いあいです。

当選するには、何十万票が必要ですが、わずか2週間程度の選挙期間では、本人の話をじっくり聞くという機会を持つ人は、1万人もいないでしょう。 したがって、ほとんどのヒトは、ちょっとした情報で、投票決定をしています。 常に同じ政党に投票するヒト(固定票)もいますが、千葉の場合は、100万票もないでしょう。 したがって、有効投票の100万票以上は、「ちょっとした情報」による投票です。

そこで、選挙コンサルタントは、この「ちょっとした情報」をめぐって、様々な知恵を振り絞ります。 ポスター、チラシ、キャッチコピー、演説場所、演説内容など、微細なこだわりをもって、「ちょっとした情報」の中に、伝えたい内容を盛り込みます。そして、「ちょっとした情報」のキラーコンテンツは、候補者の顔と、プロフィールです。 

こういった「ちょっとした情報」が、浮動的な有権者のニーズとどれだけマッチしているか、そして、その「ちょっとした情報」をどれだけ広く深く伝えられるか、これが選挙運動の肝となります。

したがって、「ちょっとした情報」を分析すること、つまり浮動的な有権者のニーズとのマッチ具合を分析することによって、選挙が始まった時点で、大方の当落を予想できるのです。

浮動的な有権者のニーズですが、今回は特定の争点はなく、したがって、『「アンチ現状の仕組み」「アンチ堕落した役人&政治家」を踏まえた、現状を改革してくれるリーダー』が、基本的ニーズです。 要は、このリーダー像をイメージさせることができるかどうかがポイントです。

Photoその中では、森田健作が頭一つ抜けています。 認知率が高く、かつ「元気(なリーダー)」という、芸能人からのイメージを背負っていて、「改革リーダー」のイメージとのシンクロが一番高いです。
マニフェストや演説内容を聞くと、中身がからっぽですが、選挙は政策のクオリティーではなく、演出なので、(争点以外の)中身は実はどうでもいいのです。

吉田平、白石真澄は、森田健作と比べると圧倒的に認知率が低く、「ちょっとした情報」をどれだけ浸透させることができるかによります。

Photo_2 吉田平の「ちょっとした情報」は、「民主党推薦」です。 民主党は、改革に近い政党というイメージを持たれています。(H19の参議院選挙の千葉における比例では、民主110万vs自民74万で、民主圧勝です) この情報に、「いすみ鉄道の改革社長」、「民間出身で、数々のアイデアマン」という個人的プロフィールから、「経営感覚を持った若手」という情報をかぶせて、勝負しています。 現職の堂本知事の後継者というネタもありますが、それは逆に改革リーダーのイメージとマッチしないので、状況によって使い分けています。 吉田平は、結局、「民主党」というブランドの神通力です。 
また、49歳と若いのですが、写真の見た目がオジサンで、改革リーダーっぽくないのが、もったいないです。

Photo_3 白石真澄は、テレビコメンテーターの仕事をしていたので、認知率は若干ありますが、若干に過ぎません。 彼女の「ちょっとした情報」は、「女性」です。 女性は、「アンチ現状」のイメージとかぶります。(現職の堂本知事は、このイメージを活用しました) マニフェストも、財政を「家計簿」と呼んで、女性らしさをアピールです。 しかし、この「女性」視点もだんだん陳腐化してきており、3人の中では一番弱いです。 また「学者」というプロフィールを活かして、改革能力をアピールしますが、関西大学では、千葉ではいまいちです。

こうなると、芸能人森田健作と、民主党吉田平の争いになります。 大阪では、芸能人橋下徹が、民主党に圧勝でしたが、森田健作に、橋下知事のような、「改革リーダー」のイメージはありません。 したがって、本来ならば、芸能人と民主党、互角なのですが、小沢事件で、民主党は評判を落としました。 
これで、森田健作が頭一つリードだと思います。 最後の一週間で、小沢事件で進展があれば、森田健作の逃げ切りかもしれません。

それから、若干遅れ気味の白石真澄ですが、なんと、大阪橋下知事の直接応援の露出が増えてきました。 本日(3月20日)、橋下知事による、白石真澄応援の法定チラシが折り込まれています。(選挙活動でなく、政治活動チラシなので、白石真澄の名前も写真もありません。 したがって、わからない人にはわからないチラシです、笑) 橋下知事の応援は、インパクトあります。 橋下知事の応援の認知が上がっていけば、票は上積みされるかもしれませんが、本人が毎日街頭に立たない限り、認知は上がらないでしょう。 つまり、影響は軽微ということです。
しかし、白石真澄には、公明票30万があるので、なんだかんだで60万票取ってしまったりする可能性があります。

ということで、森田と吉田が競いつつ、白石が遅れておっかけるという状態だと思います。 80万票前後の争いで、来週の小沢事件の動き次第という展開になってきました。 動きがあるならば金曜日。 膠着状態のまま投票日を迎えたら、森田、吉田で接戦か?

しかし、マニフェストのことを一切触れずに、投票予測をしています。 でも、事実はそういうことなのです。 我々の民度を上げるしかありません。

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政治家の評価はイメージ、缶コーヒーと一緒

【やっていることはメチャメチャだけど 石原慎太郎知事】 日刊ゲンダイネット 09.2.12

Photo タブロイド誌は、権力者を叩くのが役割なので、細かいことでも「噛み付く」ことが原則です。今回のニュースも、本来はもう少し別の視点で見ないと、偏った事実認識になりそうなので、そのまま取り上げたくはないのですが、話のきっかけとして利用させてもらいます。

http://news.www.infoseek.co.jp/topics/society/n_ishihara_shintaro__200902163/story/15gendainet02040171/

記事によると、9000億円のハコモノ改修計画が進んでいるという。 オリンピックのための準備金も、この4年間で4000億円だという。 お金持ちの東京都で、やりたい放題というのが、記事の主旨です。

石原都政は、実はびっくりするくらい、有名な割には、大きなことは何もやっていません。 やったことは、新東京銀行くらいで、これは大失敗。 1000億円出資して、さらに追加出資400億。 おそらく、今後さらに追加費用が必要と思われるくらい、事業として大コケしています。
(治安活動の徹底や、ディーゼル規制や羽田利用拡大に見られる国とのガチンコ勝負など、確かに、他の知事ではありえないであろう実績もありますが、教育や福祉医療系は、目新しいものありません)
オリンピック誘致も、どうなのでしょうか。

でも、人気は抜群です。 
もともとアンチ保守という作家としての作品傾向、国に対して「堂々と文句を言う」強さ、(ワンマンに近いくらいの)リーダーシップを感じさせる話し方など、現状の政治家や役人と戦うイメージがあるところが、その人気の背景だと思います。

テレビ政治は、何度も言うように、「イメージ」です。 今、必要なイメージは、既得権に凝り固まって、何もできない役人や政治家と戦うイメージです。 「マニフェスト」をもとにした、具体的な政策や、政策を進めるための周到な計画は、ほとんど注目されません。

このイメージをどう作り出すかが、選挙マーケティングの大きな部分を占めると思います。 マニフェストも、そのイメージ作りのひとつの道具に過ぎません。

しかし、「イメージ」で選挙に通っても、やはり「行動計画」がなければ、実際に政治は変わりません。「行動計画」のためには、自分の「理想社会イメージ」と、詳細な「現状分析」が必要で、経験から熟成させた洞察力と哲学観、それに、相応の勉強と、大変な準備が必要です。

現状の政治家は、この「行動計画」は横に置いて、結局「イメージ」作りの戦い合いになってしまっています。 「社会を変える」ことよりも、「選挙に通る」ことが主目的になってしまっているからです。 
もちろん、選挙に通らなければ、社会を変える入口に立てないのですが、入口に立っただけで満足している政治家がほとんどです。

勉強家の菅直人でさえ、自分の活動の7割以上は「選挙活動」と言っていましたが、勉強不足について「選挙活動」を言い訳にしては本末転倒です。 「社会を変える」ための政治家になるために、「選挙活動」をしているのです。

政治学者やマスコミは、政治家の「理想とする社会観」や知識量について、もっと取材をして分析をしてもらいたいです。 政治学者は、制度分析でお茶を濁しますが、それは若いうちに終わりにして、生々しい政治の世界を分析をしてもらいたいものです。 それこそが、社会に役立つ政治学だと思います。

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テレビ政治では、正しいことでも、注目されないと意味なし

【政治を官僚から国民の手に 渡辺喜美】 日経ビジネス 09.2.9

Photo 離党した渡辺議員に対するインタビューですが、盛り上がらない離党劇を、「劇団ひとり」と揶揄しています。 少し可哀想。

さて、現在の世論の本質は、「ダメな役人」と、「ダメな役人を正せない政治家」あるいは「ダメな役人とつるむ政治家」ということだと思います

年金の問題で、決定的になったと思います。 もともと不信感はあったのですが、年金の問題で一線を越えたと思います。
結局、政治家に求めるのは、役人と対峙して、この閉塞感を突破してくれる人、これに尽きると思います。
マニフェストなど、細かい部分はわからないけれど、象徴的な案件で、役人と対峙する政治家に期待するのだと思います。 (小泉さんの郵政は、役人との対峙の象徴的案件として位置付けた)

公務員改革制度は、まさに象徴的な案件で、麻生首相は失敗しました。 政令を通したところで、何をやってもダメです。
世論は「やっぱりダメか」と思ったに違いまりません。

そして、そのダメな麻生首相に、ケンカを売って、自民党を飛び出したのが、渡辺喜美衆議院議員で、まさに、世論が期待する政治家を演じたのですが、いまいち盛り上がらない。

どうしてなんだろう?

おそらく、実は渡辺喜美氏は、意外と認知されていないのではないでしょうか?
マスクパフォーマンスなどをやって、目立っているようですが、実はまだ認知も、「役人と対峙している」という理解も低いのかもしれません。
認知も理解も低いヒトが、自民党にケンカを売っても、あまり絵になりません。 絵にならなければ、テレビも取り上げません。
これが盛り上がらない理由だと思います。

テレビに出まくって、おもしろい話術をもっているなどの特徴、あるいは、自民党総裁選挙で圧倒的にアンチ自民という演出ができることなど、かなりインパクトがないと、政治家の認知度は上がらないという厳しい現実があるのだと思います。

渡辺氏の発言、動きは、「政治に興味を持っているヒト」には期待を抱かせるものの、普通のおじいさん、おばあさん、女性にとっては、まだ「よくわからない」ということなんだと思います。

そういう意味では、時期尚早かなという印象です。 もっと、自民党内でどんぱちやって、認知と理解を上げてから、伝家の宝刀である「離党」をすれば良かったと思います。

テレビ政治では、テレビに映って、そこで「どのような印象」を持たれたかがすべて。 マニフェストではありません。
渡辺氏は、映る量が少なく、印象・理解も低いままの離党劇だったと思います。
少しもったいない。 でも、頑張ってください。 応援しています。

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行政改革の目玉、「事業仕分け」と「事業別会計」

【行政予算のムダのあぶり出し方 大塚耕平】 日経ビジネス 09.1.5

Photo 民主党の議員は、ご縁があって、いきなり国会議員になっている方が結構いらっしゃいます。 自民党のように、今までの延長線上で議員になるヒトが少ないので、今までの政治家とは違うタイプがポーンと登場したりします。 大塚議員のその一人だと思います。 

小沢代表は、そのポーンと登場する議員の、地元との繋がりの弱さを嘆きますが、地元の繋がりがバリバリのまま生まれた議員は、既得権者に囲まれた議員なので、ポーンと登場した議員の方がいいです。

大塚議員は、日銀出身ということもあって、金融への造詣が深いですが、今回のエッセイの内容は、行革というか、行政のコストカットです。 (もともと、彼の主張は、行革です)

行政のコストカットをやろうとすると、様々な批判が出てきます。 実際にメリットを享受してきた人たちは、死活問題なので、すべてを動員して反対します。 また、その外野のヒトたちも、「その分野を切り捨てるのか?」という突っ込みが出たりします。

しかし、大塚氏は、例えば「教育予算」を削ることは「教育の優先順位を下げること」に繋がらないといいます。 実は、教育予算でも、中身をよく見れば、無駄だらけで、「教育予算を削る」という大きな枠で語るのではなく、「教育予算の、この事業を削る」という事業単位で語ることが必要と主張します

時間の短いTV番組では、どうしても、高齢者か、子供かという二項対立の財政議論になってしまうのですが、実は、高齢者政策でも、本当にそれは必要な高齢者事業なのか、あるいは、その高齢者事業のための方法は効率的なのかという視点で語らなければ、財源論は進まないと言います

実は現予算の2割くらいは、事業として不適切で、結果的にコストカットできるのではないかと述べています。 このコストカット分で、十分財源論は確保可能と言います。

この一つ一つの事業単位で、ムダを見つけて、コストカットしていくというやり方には途方もない努力が必要ですが、やはり、これが財政健全化の唯一の方法だと思います。

その方法論として、東京財団がやっている「事業仕分け」。 (公共)事業の意図、方法、予算明細、達成の程度などを、事業単位で検討して、その公共事業の存在意義、方法の是非、効率性を議論します。本当に面倒な方法ですが、納得感をもって、無駄な事業がゴロゴロ出てきます。 

また、方法論というより、事業分析のために必須な会計制度導入も重要です。
現在の行政予算は、最初の段階で大まかな見積もりで予算を作り、その執行後の会計報告では、組織単位で、おおまかな項目に沿って、決算報告すれば良いことになっています。 この会計報告は、その内容をチェックしようと思うと、大まか過ぎて使い物になりません。

企業の会計の勘定項目程度のレベルで、具体的に何にどれくらい使っているのかは、全く知ることはできません。 全体観をつかむのには、この程度のレベル感でOKですが、経費削減のためには、具体的な使途明細がわからないと、具体的に削減施策ができません。 (民間の会社では、ひとつひとつの経費明細を明らかにして、ひとつひとつつぶして、経費削減をやります)

現状の行政の会計制度では、この使途明細は出てきません。 つまり、(議会も含めて)誰もチェックしようがないのです。 組織単位で、かつ大まかな項目の会計報告では、事業単位で、コストカットをするという目的が果たせません。
どの事業に、どのようなお金がかかっているのか、誰も把握できないのが、現状の行政会計制度なのです。 これでは、大塚氏の言う、事業単位で、行政のムダを削るということができません。 事業単位で、収支報告が明らかにならないからです。

これを追っかけているのが、これも民主党の逢坂誠二衆議院議員です。

大塚氏、逢坂氏の活動は地味ですが、行革の根幹的な内容です。 地味だからPRが大事なのですが、お二人とも、どうも活動のペースが遅いです。 せめて、書籍くらい出せばいいのに、短いエッセイで、ちょろっと語るくらいです。 中途半端です。

忙しいのはわかりますが、自分の政策の目玉なのだから、必死にアウトプットをしてもらいたいです。
お二人とも、頑張れ!

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政策を語るには、現行の制度法律体系も知るべし

【法律の本質は、法文・政令文に宿る 高橋洋一】 AERA 09.2.2

2 反官僚の、元官僚の高橋氏が、勝間女史と対談をしています。

そこで、今回の「国家公務員制度改革」のドタバタを取り上げています。 2007年に成立した改正国家公務員法では、官僚OBが天下りを繰り返す「渡り」を全面禁止としました。(現役の天下りは、(中立である予定の)「官民人材交流センター」が管理)
しかし、その法律の運用を決める「政令」で、「事情がある場合は渡りOK」という内容を入れ込み、これを麻生内閣はOKを出してしまいました。(政令は、閣議決定です)

この身も蓋もない、官僚の保身行為に、渡辺喜美さんは激怒。 麻生首相の安易な判断にも激怒。 しかし、麻生首相はスルーだし、マスコミも比較的記事少なめ。 (ただ、さすがにヤバいと思ったのか、1月29日に、自分が首相である限り、OKは出さないと言明)

この麻生首相の初期対応の拙さを、高橋氏は、「麻生首相は政令を読まないで、OKだしているだけ」と指摘しています。 「100ページにもおよぶ、難解な日本語を読むのは無理」ともフォロー。 しかし、その政治家が政令を読まないという前提を利用して、内容をひっくり返してしまうのは、官僚の方も、あまりに酷いともコメントしています。

上記の例を通して、政治で何を変革していくには、実現のための政策アイデアと、現行の法体系の理解がないと難しいと指摘しています。 アイデアだけで、それが制度法律論に落ちていなければ、どんな政策案もジャンクだと、バッサリです。
民間の政策提案は、ほとんど制度法律論との対応が落ちているので、現実的には「全く使えない」と。

保身の官僚、使えない民間の政策アイデアと、これでは政治は変わらないのですが、そこで高橋氏は、「政治家と一蓮托生の、半官半民のスタッフ」が活躍できる制度を作るべしと提案しています。 おそらく、アメリカ型の行政人事です。

「制度法律体系を知らずして、政策を語るな」というのは、ある意味、正しい指摘だと思います。 ひとつの政策は、その実施のために、様々な内容を想定し、また他の法律との整合性を検討した上で、運営ルールを作り込まなくてはなりません。 つまり、「あるべき姿を単に描いた政策は、政策にあらず」ということなんだと思います。 実務家の指摘です。
だからこそ、制度法律に詳しいスタッフを、政治家につけろ!ということなんだと思います。 本来は現状の官僚がそうあるべきなのですが、長年の歴史によって、官僚は自らの組織のためにしか動かず、官僚は、保身のための政治家と結託し、一線を越えた政治家と一緒に、全体を牛耳るという、悲しい現実があります。

次の必要な本当の改革は、まずは「霞が関の人事制度」なのかもしれません。 つまり、事務次官を含めた上級職を、政治家が任命する制度です。 これができる政治家こそが、本当の政治家なのかもしれません。

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議会と役所の談合が終わる時

前回のエントリーで、議会と役所の談合を書きました。 その中で、議会(議員)の質問がお粗末とも書きました。 どうお粗末かというと、
・質問が非常に微細なもの (議会でわざわざ質問すべき内容か?)
・質問の内容が大きすぎて、答えようがないもの。 答えられても、抽象的に答えざるを得ず、結論が出ない
・そもそも、質問でなく、単なる演説 (実は結構ある、笑)
こんな感じです。

どういう問題意識を持っていて、何を明らかにしたいのか、何を主張したいのかということを、端的に質問してもらいたいものです。 基本的に、質問の内容、切り口で、そのヒトの能力、視点がわかります。 へぼい質問をしたら、会社では「できない奴」となりますが、議会では、へぼい質問が当たり前のようです。

ただ、そもそも論もあります。 時間が限られていて、途中で終わってしまうという構造的な枠組みの問題があります。 どんなに良い質問をしていても、時間で議論が終了します。 民間で例えれば、営業会議が行われていますが、時間が限られていて、結論が出ようが、出まいが、時間がきたら終了。 やるとしても、数カ月以降の会議。 普通の会社であれば、市場や競合の変化に対応できず、倒産していきます、笑。 

何らかの結論が出るまで、永遠にやるし、何を調べるならば「いつまで」という締切が設定されるということが原則なのですが、そういった原則がまったく当てはまらないのが議会です。 だから、議会では何も決まらないというか、そもそも進化が起こらない。

結局、(行政サービスを行うことが義務の)役所側が、役所の既得権を守る範囲で、制度設計・予算計画を組み、近視眼的な議会(議員)のお願いを飲み込みつつ、毎年毎年、行政運営をやっているというのが現実です。 議会(議員)は、お願いを何とかしてもらうので、役所の運営にOK出しているだけです。

この構造の中で、議員は「自治体全体の行政サービスを考慮した問題意識」を持たないし、「議論も真剣にしないし」、だから「実質的には何も決めない」ということになり、だから、「議会不要論」が出てくるのです。 ただし、その議員を温存させているのは、我々市民でもあります。 どんな活動をしようがお構いなく、身近な議員に投票し、あるいは投票に行かない我々が、そのような議員を温存させているのです。

そのようなぬるま湯議会を改革しようとするのが、議会改革です。 しかし、組織内部の人間は、組織内部を改革できないという原則がある通り、現状の議会に、自分たちの改革は絶対に不可能です。 議会と役所の談合構造は永遠に続きます。

これを終わらせるには、どうすれば良いのか? 我々市民が議会を律するしかありませんが、我々だって普通に仕事をしているので、日々チェックするわけにもいきません。 材料、情報が足りない中で、議会を律するには、相当の努力が必要です。 普通は、その材料、情報を提供するのが、マスコミだったりするのですが、自治体という、小さい市場では、ジャーナリズムが商売として成立しにくいようです。 

どうすれば良いのか? 実は、ノーアイデアです。 ぶっちゃけ、議会改革は無理だと思っています。

でも、地方自治は二元代表制ですから、議会がダメでも、役所がしっかり機能すれば、何とかなります。 役所が市民からしっかり牽制を受けて、自ら律していけばいいのです。 そのために、役所自らが、そのための材料、情報を提供していけば良いのです。 すべての情報が、わかりやすく公開されれば、さすがに市民も、役所に対して意見をいってくると思います。 変な運営をしていれば、「なんだそれ?」と突っ込みが入るようになると思います。

今までは、役所と議会の談合体制ですから、役所も自らの都合に合わせて、情報公開を最低限にしてきたし、役所の概念で情報を提供してきました。 市民が知るための、材料、情報があるようで、実は全くない状態。 例えば、役所の概念、言葉使いは独特ですから、わかりやすく再加工する必要があります。 特に、予算決算情報なんて、誰もわからない言葉ばかり、笑。

繰り返しますが、役所が変われば、談合は終わり、一部の当事者の既得権をベースにした調整型意志決定から、より多くの市民の意見と意見がぶつかる、(面倒だけど)本来の民主主義という、意志決定体制が生まれます。

えっ?、役所だって、役所自らが、自分の改革はできないのでは? その通りです。 

しかし、問題意識を持った市長が、組織の外からやってきて、市民のサポート(支持率)を背景にやれば、内部改革はできるはずです。 市長は執行部門である役所の全権限を持っています。 (もちろん、議会の承認が必要な内容がたくさんありますが、承認なしでできる内容もきわめて多いし、実際の執行段階では、承認なしでできるものがほとんどです)

役所と議会の談合が終わるのは、構造的な談合体制に対する問題意識をもった市長が誕生した時です。 それ以外に手段はありません。

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議会と役所の談合はいつ終わるのか?

【議会と市長の談合はいつまで続くか】 読売新聞 09.1.5

読売の夕刊で、「議会不要論」を考える特集が組まれました。 大学生の区議会見学の感想を紹介しています。

「議員の質問も、役所側の回答も、台本通りで、いったい何をやっているの?、意味あるの?」

地方議会では、これが普通です。 前もって質問が伝えられ、役所がその準備をして、「出来レース」の質問と回答。 まるで談合です。 前もって、結論を決めておく。

本来ならば、喧々諤々議論すべきなのに、前もって決まっていて、あとはセレモニーというのは、本当に問題です。 議会(議員)と役所の両方が楽しようと、完全な談合です。 公正取引委員会は、市民ですが、市民は気づいていないというか、無関心。 だから、公共事業の談合はどんどん減っていますが、議会と役所の談合は脈々と続いています。

実は、これ以上に、どうしようもない問題があります。 議会(議員)側の質問が、どうしようもないくらいお粗末なものが多いということです。 行政テーマに関する問題意識がぼんやりしているので、質問が曖昧なことが多いし、そもそも問題意識さえ、なかったりします。

自分の仕事は、「支持者の陳情、お願いを、合法的に、(業務を行う)役所につなぎ、便宜をはかること」だと思っているので、自分の自治体全体の問題意識という発想なんてありません。  支持者も、全体より、個人が当事者になる個別事項の方が大事ですし、そこで頑張ってくれる議員を、道義的にも無視できません。 構造的です。

役所と議会の談合は、構造的です。 これでは、当事者に有利な政策しか決まりません。 つまり、当事者の既得権を守る政策になります。 役所や議員に厳しい内容は、一生出てこないでしょう。 本来、「これはおかしい」と思うのが普通で、選挙を通して、その談合が壊れるのですが、「おかしい」と思いつつも、直接の被害が見えず、不満のレベルが高くないので、身近な議員を支持したり、無投票になったりします。 議会と行政の談合が温存されてきた歴史です。

しかし、時代は変わりつつあります。 不満レベルが高まってきました。 身近な議員よりも、「誠実に公共の利益をおっかける議員」を選ぶヒトが増え、無投票も減ってくる、、、そう信じたいですが、兆しは見えるものの、まだまだ大きな流れにはなっていません。

「誠実に公共の利益をおっかける議員」が見当たらないだけかもしれません。 その受け皿になる議員、市長がでてきた時に、大きな流れがいよいよ動き出すような気がします。

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官僚が駄目なのは、政治家が駄目だから

【どうして官僚は駄目なのか?】

多くの方が既に、同様の内容で意見を言われていると思いますが、私も一度は、自分なりの意見を表明したいと思います。

どうして官僚は駄目なのか?

駄目とは、アウトプットのクオリティーが低いし、効率も悪いし、自己保身的ということ。 ひとりひとりは素敵な方かもしれないけれど、組織としては、ダメダメの結果しか出せないということ。

アウトプットのクオリティーがあがらないのは、競争がないし、向上心がないし、最後の責任を誰も取らないから、必然的に「ユルユル」になる。 効率もあがらないのも、同様。 自己保身的になるのは、人間の性。 普通は、何らかの牽制機能が働いてバランスを取るのだけれども、役人の場合、牽制機能がほとんどない。 合法的に楽して、仕事における貢献よりも、自己の保身が常識という、人間の悪玉が全面的に出てしまい、それに慣れてしまうという最悪の組織風土になってしまう。

間違いなく、構造的なもの。

おそらく誰がやっても、こうなる。 ヒトの問題でなく、仕組みの問題。
結局、牽制機能が不足しているの一言に尽きると思うのです。 ユルく仕事をしても、誰からも文句は言われない、言われたしても、少しだけ我慢すれば大丈夫、そうであれば、誰だって、ユルユル、ダメダメになると思います。

牽制機能は、実は結構大変なんです。 探して、分析して、まとめなければならない。 しかも、データや情報は隠されてしまったりするので、本当に大変だったりします。 
だから、市民オンブズマンみたいな、手弁当でそれをやる「素晴らしい市民」もいますが、市民の多くにそれを期待するのは、結構酷だと思います。

結局、それが政治家(立法府)の役割なのです。
そのために、お金と分析用費用(政務調査費)が支給されているのです。

この政治家の、官僚に対する牽制機能が効いていないから、官僚は駄目なのです。
結局、官僚が駄目なのは、政治家が駄目だからという、結論になるわけです。

つまり、その官僚にコントロールされているバカ政治家、あるいは意識的に結託している悪代官政治家は、もっとダメダメですが、最後は、そういった政治家を当選させている、私がダメダメという、本当に悲しいオチもあったりします、笑

年金も、医療も、介護も、都市開発も、若くて元気だと、遠いことなので、何も知らないし、知ろうとしないからノーチェック。 教育だって、学校まかせ。
自分の仕事と、身近な幸せという、極々個人的な視野で生活をしていると、社会システムに対して、まったく関心なし。 だから、役人がダメダメであろうと、ちょっと不満でも、ノーチェック、ノーアクション。

「これでは、いかんなぁ」と思って、行動できるか? 我々に突きつけられていることは、たぶん、そういうことなんだと思います。 そして、私はその先頭を走ってみようかと。

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自民だって、民主だって、地方議員は建設公共事業大好き

【新幹線に1兆円を】 逢坂誠二の徒然日記 2008年12月17日

Jpg北海道選出の民主党衆議院議員、逢坂氏のメルマガです。 北海道の市長経験者で、まさに経済的に追い詰められている北海道の代表者として、活動されています。

実は、逢坂氏は、行政に見られる「会計報告」のズサンさを指摘して、もっと細かい仕訳項目、摘要記入を義務化しなければ、無駄のチェックのしようがないという主張をし続けています。 地味な指摘ですが、行政活動評価の根幹に触れる、本質的な指摘で、素晴らしいと思います。 

現状の大まかな会計勘定だけの「会計報告」では、結局、何にどれくらい使われているのか、大まかな部分しからわからず、「効率性」をチェックしようがないのが現実です。 したがって、現状の行政がやる事業は、「その事業をやるかやらないか」、「どれくらいの予算でやるかやらないか」を議論しているだけで、その事業遂行の「効率性」については、実質ノーチェック。 したがって、予算さえ取ってしまえば、あとは役人の「非効率」な運営となってしまうのですが、何がどう非効率なのか、現状の会計報告ではチェックのしようがないと、逢坂氏は指摘しているのです。 

この主張は専門的でわかりにくく、おそらく全く票にも繋がらないので、政策提言するためには、「正しいことは何か」「必要な運営ルールは何か」という信念が必要です。 彼には、その信念があるのか、たまたま気づいたので言っているだけなのか、よくわかりません。 感覚的には、その真ん中くらいの感じかな?

その素晴らしい逢坂氏でも、北海道選出なので、やっぱり北海道の視点で、「国の運営」を考えることになってしまうのだなぁと、つくづく感じたのが、今回の彼のメルマガです。

彼の主張は、
・自民党が北海道(長万部―札幌間)の新幹線着工を決議したとのことで、(地元のインフラ整備が進むので)いいことだ
・しかし、(新幹線の)規格がダウンしており、いかがなものか?
・フル規格だとしても1兆円。 定額給付金に2兆円使うくらいならば、地方の活性化のために、この1兆円の方が、全体として優先順位が高いのではないか
ということです。

その長万部―札幌間には、既に普通の特急が走っています。 そこに、どうして新幹線を通すのか? 確かに移動時間短縮となれば、ありがたい。 しかし、それに1兆円? これが優先順位の高い公共事業なのか? どう考えてもありえないでしょう。 もっと優先順位の高い公共事業があるでしょう。 
もちろん、そのためにはいろいろ知恵が必要ですし、議論も別れるでしょう。 結局、地元でとりあえずNOが出ない、安易な公共事業として、インフラ整備=新幹線建設になったのかなぁという感じです。 不景気北海道には、国の予算が大きい、大型公共事業がカンフル剤として有効なのは、明らかなので、仕方ないといえば仕方ない気もしますが、安易に賛成し過ぎているような。

「他にも、やるべき公共事業はあるけれど、目先苦しいので、全員の意見が割れない新幹線建設で、景気対策をやるしかない」と言えば、「仕方ないかなぁ」と思うけれど、安易に「良かった、良かった」と言われると、自民党の利権誘導の政治家と何が違うの?という感じです。

それくらい北海道が厳しいのはわかりますが、「民主党でも、やっぱり、そんなものか?」と少しがっかりくるようなメルマガでした。

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有権者の弱さにつけこむ、バラマキ福祉

【医療費は無料が、福祉なのか】 朝日新聞 2008.11.21

Photo 東京の日の出町が、後期高齢者、つまり75歳以上の医療費を全額無料にする予定だそうです。 

と言っても、対象者は1800人。 人口が1万6000人の町です。 (75歳以上が11.2%。 全国平均が10%なので、ちょい高いです) 予算は8500万(ひとり47000円)だそうで、全国平均がひとり90000円弱ですから、元気なお年寄りが多いのでしょうか。

これには、もちろん裏があって、この小さな町にイオンショッピングセンターができて、固定資産税がどーんと落ちるようになったからです。 イオンモールの資料を見ると、投資額160億円なので、普通に計算すると、約2億円の固定資産税が落ちるようになりました。 (その分、交付税が若干カットされますが)

この増分を、そのまま予算にあてた感じです。
投票率の高い高齢者向けの、究極の選挙対策なのか、高齢者福祉の大胆な取り組みなのか、評価が難しいところです。 (ここの町長は、4期つとめて、すでに77歳。 次の選挙はもう出ない?から、選挙対策ではないのかな?)

後期高齢者医療制度で苦しんでいる高齢者をサポートするという趣旨のようですが、個人的には「完全なバラマキ行政」です。
高齢者は所得も低く、資産も少ない高齢者もいれば、所得(年金)が多い高齢者もいれば、資産の多い高齢者もいる。 高齢者が全員、弱者であるというのは、大きな間違え。

確かに、体が弱って、医療費がかかるし、介護費用もかかる。(75歳以上の元気な高齢者は、50%以下) 所得は年金だけだから、収支的には厳しいのは事実。 厳しいから、行政が負担しますといったら、子育てやっている若い夫婦も結構厳しいと思う。 「生活の厳しさアピール」の世界です。

若い夫婦は選挙に行かないけれど、高齢者は選挙に行くから、高齢者向けのサポートは充実ということでしょうか。 それとも、医療は別格ということでしょうか。

日本の皆保険制度は素晴らしい。 全員が大きな病気にかかるリスクがあるので、その負担の上限を決めて、「大病の場合、お金がないから、病院に行けない」ということがない。 病気によって、社会的に没落していくというリスクを、社会でヘッジするという、保険制度は絶対に死守すべきでしょう。

でも、医療費のタダは必要か? 
子供の医療費無料も含めて、必要ないことだと思います。 ある程度の負担は必要だし、無料は必要以上に医療機関に行くようになり、無駄な医療が発生しやすい。 夜間も含めた「コンビニ受診」、つまり「タダなら、取り合えず、診療してもらおう」とうい行動を誘発しやすい。 夜間なんか、少ない医者が、軽症者の診療で、仮眠もとれなくなる。

医療にはお金がかかるという前提を崩してはいけないと思う。 ただし、医療費貧乏にならないよう、上限を作って、それ以上はかからないようにするという、シーリング制は必要だと思う。 子供がいる世帯は、そのシーリングを下げれば良い。
確かに、手続き的には面倒だと思う。 自己申請が必要であるし。 でも、保険で守ってもらうための、必要な面倒ではないでしょうか?

社会の役割は、「病気になって、そのまま経済的破綻する」というリスクをヘッジしてあげることです。そのための、保険制度です。 「無料で、どのような医療も面倒見ますよ」というのは、ヒトの弱さにつけこんだ、目先の誘惑だと思う。 

日の出町よ、その8500万円で、障害者、生活保護、子供の教育において、やるべきことがたくさんあるんじゃないでしょうか? 

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そもそも、何が無駄かさえ、わからない

「行政の無駄遣いを減らす」とは、そもそもどういうことでしょうか?

最初に、民間企業における「コストカット、経費削減」について考えています。

一番わかりやすいコストカットが、「同じものを安く買う」ということです。 「コピー用紙をA店でなく、B店で買ったら、100円安くなる」、そういった次元です。 一般的には、通信費(固定電話、移動電話、ネット)、コピー機リース費用あたりでは、結構違いがあります。 要は、「しつこく探すか」に尽きます。

似たようなもので、「グレードをダウンさせて、安くする」というものもあります。 過剰仕様になっているものを、シンプルにしてしまうものです。 オフィス賃料を下げる時などは、この手を使います。

また、「そもそも買わない、使わない」というのもコストカットで、一番効きます。 長年ダラダラと続いているものに多いです。 積極的に利用されない雑誌などの定期購読、諸会費などがあります。

そして、わかりにくいけれど、効果が大きいのが、「やり方を変えて、コストカットする」という、いわゆる業務改善系のコストカットです。 今までの10人でやっていた仕事を5人でできるようにする、100㎡必要だった業務を50㎡で収まるようにするといったものです。

行政の場合も、考え方は同じだと思いますが、コストカットが進まない、大きな理由が二つあります。

ひとつは、コストカットのインセンティブがない。 つまり、行政担当者としては、コストカットしようが、しまいが評価は同じ。 逆に、コストカットして、今までのやり方を変えてしまう方が、「前例」を崩して、瞬間的に面倒にしてしまうので、内輪的に評価されなかったりする。

もうひとつは、インセンティブがないゆえに、コストカットという発想自体がなく、そういった発想のない組織に十年以上いると、「そもそも、何が無駄なのか、よくわからない」という、民間から見れば、考えられない思考形態に陥る、行政のクセです。

「予算枠内で実行し&使い切り」、「予算が足りなければやらない」という行動形式が行政です。 ここでは、「やらなければならないことを、予算内で工夫してやる」という発想はありません。また、「無駄なことはやめて、他に使う」という発想もありません。

つまり、何が言いたいかというと、行政組織にコストカットは、構造的にできないということです

外部の人間が、使命感を持ってやるしか、コストカットはできません。 それが政治家の仕事です。 しかし、政治家は、行政に「コストカット」をするようにとの指示しか出しません。 何度も言うように、包丁の使い方さえ知らない人に、魚をさばくようにと指示を出すようなものです。

こういうことをわかって、政治家の皆さんは、「行政の無駄遣いをやめさせる」とスローガンを立てているのでしょうか?

政治家の皆さんも、そもそも「何が無駄だか」、どれだけ指摘できますか?
足元の組織、衆議院事務局の無駄をどれだけ指摘できますか? 地元の議員に問い詰めたい、笑。

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実は、厚生労働委員会が開催されていない!

民主党のやまのい和則さんという衆議院議員(京都)も、活動報告が充実している議員さんです。メールマガジンの形で、日々の気持ちを熱く訴えかけます。 先日ご紹介した岩永市議会議員とは、また少し違う感じの報告ですが、主張がはっきりしています。

そのやまのいさんの10月27日付けメルマガ報告を読んで、感じたものがありました。 彼のメルマガを要約すると、
彼が所属する厚生労働委員会(厚生労働行政に絞って議論する、国会議員の専門委員会)は、現在の臨時国会では、最初から開かれていない
・なぜなら、委員会で多数を占める自民党が、審議をいろいろな理由で拒否しているから(民主党は審議を要求)
・審議拒否の理由は、解散が近いということで、会議をやるよりは、選挙活動ということ。 だから国会にいるよりは、地元にいたい。 審議をやったら、地元に行けないということ
・本来は、国会会期中は審議をすることが仕事なのに、仕事をしないで、選挙活動をやって、普通に議員の給与をもらっている状態、こんなの許せないでしょう
・ちなみに、民主党の内部の打ち合わせ(民主党の厚生労働部会)は、しっかりやっています
という感じです。

すみません、厚生労働委員会が開かれていないということ、初めて知りました。 やまのいさんがおっしゃる通りだと思いますが、その事実さえも、知らなかった。
私は、比較的政治的な内容に興味がある人間ですが、それでも、そういう事実は知らない。

有権者は、そんなことを知らずに、地元で活動する議員さんを直接見ています。 普通は、直接見ることによって、親近感が上がります。 厚生労働委員会で、バリバリ意見を言い合うことをサボって、遊説していることなんて、まったく知らないで、「あ、議員さんだ」くらいの認識です。 でも、見ることによって、深層心理には影響があります。

この事実を実感しているからこそ、議員は、審議をやらずに、選挙活動をやるわけです。
もちろん、厚生労働委員会は、年金や後期高齢者など、自民党にとって厳しい内容が検討される委員会です。 したがって、選挙が近い中で、攻め込まれて、マスコミに取り上げられるよりは、審議を拒否してしまえという戦法は、戦術としてありです。

しかし、なんで、こういう大事なことを、マスコミは報道しないのかなぁ?
確かに、政治の仕組みを知らないと、ちと複雑なので、説明に時間がかかり、テレビ向きの内容ではないことは確かです。 だとしたら、せめて新聞くらいでも、、、

やまのいさんのように、正直に議員活動をしているのに、本来の仕事をしない、不誠実な議員が当選してしまうということがあるのは、我慢できない不条理です。

しかし、現実は不条理だらけ。 この不条理をなくすための、チャレンジをするのが、「意識の高い」マスコミの仕事だと思います。 わかりにくい話よりも、「選挙活動のバタバタ珍道中」の方が視聴率を取れると思うのですが、それでも、工夫して、「本質を伝える」という努力をしてもらいたいものです。

おもしろいだけで視聴率を取るより、おもしろいのに、きちんと本質が伝わっているという番組構成で、視聴率をとってこそ、一流のプロデューサーだと思います。 

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これぞ、議員の活動報告!!

【岩永ひさか 多摩市 市議会議員】 活動報告 2008.10.25

東京都多摩市に岩永ひさかさんという、市議会議員がいらっしゃいます。 彼女が凄いのは、平日の、毎日の活動報告(ブログ形式、しかも、movable type)です。 しかも、その内容は、かなりの分量です。 政治家の活動報告で、最も継続的で、かつ内容がある(内容が具体的、意見を具体的に表明している、精神論ではない)活動報告だと思います。 

こういう報告を、すべての議員に「義務」とすべきです。
こういう活動報告があれば、有権者は、どんな選挙公報よりも、投票決定の材料として利用可能です。

全体的に、内容の薄い活動報告が多い政治家の方ばかりなので、岩永さんの活動は本当に秀逸です。ご本人はどんな方か知りませんが、写真を見る限り美人です、笑。 男は、ビジュアルに弱い、笑。

その岩永さんが、10月25日に、「地域スポーツクラブ」という文科省&地方自治体事業(といっても、数十万円の予算規模)の視察報告を行っています。 私の町にも、地域スポーツクラブというのがあって、こちらは小学生と高齢者が中心となって、行われています。

彼女の報告をまとめると、
・(コミュニティ活性化&健康増進のために)地域のスポーツクラブを推進しようという考え方を否定しないが、
・それを国が推進すること自体がナンセンス。 自治体それぞれの事情があるので、自治体が考えて、それぞれの方法でやれば良いという、まさに中央集権の弊害事業
・必要のない事業でしょう

「はっきり」結論を述べているあたりが、気持ちいい。 これが、他の議員の視察報告になると、「地域の活性化のきっかけになるのでは?」、「子供が生き生きとスポーツしており、好ましい」、「地域のニーズにあわせて、行政がサポートすべき内容を再検討すべき」という、本質とずれた報告をしがちです。
行政の事業は、そうは言っても、「少しの効用、効果」はあるわけで、この小さな効用にフォーカスするよりも、そもそも「小さな」効用のために、予算を使うべきなのか、優先順位は高いのかという視点で、考えてもらいたいです。 

民間でも、先細りのお客さんから、少しでも売上を上げることを検討するより、そもそもそのお客さんを見切って、新しいお客さんを開拓する方が、戦略的に正しいのです。 こういう視点でものを語るのが役員=議員さんで、担当営業マン=行政実務者の視点で、ものを考えてはいけません。

ちなみに、わが町の地域スポーツクラブですが、極々小さい規模で盛り上がっています。 いわゆる当事者だけ、笑。 一部の高齢者にはなくてはならない「ゲートボールサークル」になっていますが、おそらく該当者は、65歳以上の地域住人4500人のうち、40名くらい。 1%弱。 これって、どういう判断をすべきなんでしょうか?

しかも、このサークルが中心となって、(小学校)グランド利用が決定されるため、小学生の野球、サッカーチームが、別の時間に押しやられています。 この地域スポーツクラブの代表者が、高齢者なんです、笑。小学生が優先か、高齢者が優先か、本当に世代間の戦いだ、笑。
(私は、闘って敗れました、笑。 行政は、彼に一任しているので、彼に権限があるということです)

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橋下知事よ、正論言って、壊しまくれ、ケンカしまくれ!

Photo 大阪府の教育委員のお二人が、橋下知事をボロカス言って、退任したニュースがありまして、ピカードパパさんが、非常に的を得た解説をしております。 

・橋下知事は、教育委員(建前上、大阪府の教育方針を決めるお偉いさん)にもっとバリバリ動いて、具体的な活動、変化を求めた
・しかし、歴史的に教育委員は「お飾り」、事務方の官僚がすべてを仕切るのが現実
・教育委員としては、「我々に、そんな仕事を求めるのはお門違いでは?」というお気持ち
・しかし、橋下知事に、あっさり「あんたらがしっかりしないから、大阪の教育はボロボロや」と指摘さて、
・ついつい、会見で、大人げなく、橋下知事にの悪口を言ってしまった
・退任する教育委員の気持ちもわかるが、橋下知事の悪口を言う前に、教育委員は「お飾り」という実態の告白の方が、「教育を考える」ヒトとしての、最後のメッセージじゃないか?、「仕事やっていないじゃないか?」と言われて、自分のプライドを守るために、知事の文句言うなんて、あー、嘆かわしい

私も完全に同意見です。 
論理的には、橋下知事が正しく、退任されるお二人は、いい年齢の割には、大人げないということだと思います。

しかし、橋下知事は、至る所で、結果的にケンカを売りまくっている状態になっています。
既得権者の構造を破壊するのが、若い知事の使命なので、悪くはないと思いますが、もうちょっとテクニックを駆使してもいいんじゃないのかなぁと、ちと不安です。

いきなり正論で、ガンガン攻めても、(自尊心を否定されるようなものですから)普通、相手は感情的に反発するだけで、状況的には硬直状態。 この感情的な高まりがおさまらないと、冷静な話し合いもできないので、睨み合いが続いちゃったりします。 

正論をはいて、ガンガン攻めるのでなく、相手と一緒に正論を話し合うということが、急がば回れなのかもしれません。 「あほ、何言ってるねん!」という相手と、「まずは、じっくり話し合いましょう。 何が本当に子供のため、我々は何ができるのか?」という話は、精神的にシンドイです。 特に、立場的に上の人間がこれをやるのは、結構ストレスだと思います。

でも、これが、行政の世界のトップ(政治家)の仕事なんだと思います。

でも、まぁ、橋下知事は、ガンガン攻めまくって、暴れまわって、既得権、ぬるま湯体質を壊しまくってもらい、その後、別の方で本質的な仕組み作りというのもありでしょうか、笑。

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中身よりも、パッケージで勝負だ!、自民党総裁選

選挙運動は大変だ。 政治家のビジョンとして、実現したい社会があっても、それが既得権を侵害したり、経済成長がマイナスになったり(不景気になったり)することになれば、当選しないかもしれないので、実現したい社会ビジョンとは別に、マーケティング的に「当選するための」社会ビジョンをアピールしなければならない。

自民党の総裁選を見ると、マーケティング合戦だ。

与謝野馨が厳しい話をしているように見えているが、社会ビジョンはなく、単なる財政均衡の話で、最悪だ。 有権者は、財政均衡論を聞きたいのではない。 意義ある社会ビジョンならば、そのための財政均衡論も納得する。

麻生太郎も、社会ビジョンというよりは、お金使って、今より景気よくしまっせということで、近視眼的なプロモーション手段。 ビジネス的には、リベートたっぷり払いますから、たくさん売場に置いてください、価格を下げますから買って下さいという、麻薬的な手法。 まぁ、麻生年代は、赤字が膨らんでも、逃げ切り世代だから、後のことは心配しないで大丈夫ですからね。

確かに不景気になりつつあるので、経済論争になるのはわからないのではないけれど、(特に50代以降の)有権者の本当のお願いは、年金に対する不安と、医療介護に対する不安の解消。

これに向き合っている候補は一人もいない。これに向き合って、解決案を出せば、一発当選なのですが、誰も解決案を出せないから、向き合えない。 だから、別の内容で、ふわふわっと政策をアピールして、あとはイメージで勝負。

中身でなく、パッケージの勝負といった商品戦争です。 消費者は本当に欲しがっているのは、中身の変化。 これに手をつけることが、選挙の直球。

マスコミは、せめて、この直球で勝負しろ!と言い続けてもらいたい。 言い続ければ、政治は変わると思うし。

AsoutaKoikeyuIshiharanoIshibashiYosanoka

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突き詰めれば、開くもの

櫻井よしこ エッセイ】 週刊ダイヤモンド 2008/09/13

05年衆議院議員の28%が、親が国会議員という二世議員、親が地方議員あるいは首長というところまで広げると36%が二世議員。 ちと、不健全ではないか?、という櫻井女史の指摘です。 構造的なものがあるから、二世議員が増えるわけですが、それが良いのか、悪いのか? 何らかの伝統を引き継ぐ役割があるわけでもないので、やはり不健全だと私も思います。

さて、このエッセイで櫻井女史は、分子生物学者の福岡伸一氏(最近、学者っぽくない新書があたって、マスコミに出まくりです。 ゆえに、学者仲間からは、猛烈な批判、嫉妬?が出ています、笑)のエッセイから、プロフェッショナルに関する背景を引用しています。

「圧倒的な力量を誇示するプロフェッショナル」は、「例外なく、ある特殊な時間を共有している」。 「それは、10000時間である」。

つまり幼い時から、そのことだけに集中して努力を続け、その時間的累積が10000時間であると。 10000時間とは、毎日3時間やって、3333日、つまり9年ちょっと=10年。

膨大な量が、技量を生むということです。 質か、量かという議論もありますが、量が最初であることは、運動部を経験しているヒトならば、直観的に理解するはずです。 仕事でも、20代の膨大な仕事量が、技量(洞察力など)を生むと思います。

この10000時間を経ていない、プロフェッショナルとはいかがなものか? 特に、政治家にこの10000時間を経た人物はどれくらいいるのか? 価値観、ビジョン、政策案に集中して、10000時間突き進んだ政治家はいるのか?、と櫻井女史は問い詰めます。

政治家が言い訳を言うとすれば、その時間をかけていたら落選してしまうと。10000時間、有権者とお酒を飲んできたからこそ、政治家であり続けられるのだと。

だとすると、中学生はこう質問してきます。「何のために、政治家になったのか?」

10000時間お酒を飲まないといけないのは現実かもしれないけれど、それでも、10000時間、価値観、ビジョン、政策案を考え続けることこそが政治家ではないかと、櫻井女史は主張しているのだと思います。 

政治家は、大変な仕事だと思います。 しかし、立派な仕事であるとも言えます。 まともに向き合えば、十分に誇り高き仕事だと思います。 

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