カテゴリー「文化」の2件の記事

男の子の「見栄」が消える時

【男の子の変化】 日経MJ 2008.10.29

少し古いですが、10月29日に日経MJが、マクロミルのネット調査による、20代若者の消費背景調査の結果を発表しています。 この手の「意識」調査は、設計次第で、いくらでも回答を誘導できるのですが、今回は素直に結果を読み取ります。

主な調査結果ですが、
・遊園地やテーマパークにデートに行く(49.3% → 32.2%)
・異性との付き合いが面倒(10.0% → 28.2%)
・男性が、デートのためにレストランを予約したことがある(42.1% → 31.7%)
・デートには車が必要(男性53.2%→27.1%、女性41.3%→32.7%)
・デート費用は男性が多め(77.2% → 68.3%)
(最初の数字が、30代が20代を思い出しての回答、次の数字が今の20代の回答)

他にもいろいろありますが、結果をまとめてしまえば、
・女性をリードするという「男らしさ」意識が、自尊心の糧になる男の子が減っている
・だから、「女の子に見栄を張るため」「女の子にもてるため」の消費パワーが全体として落ちている
・特に、デートツールとしての、車に対する「思い入れ」は、恐ろしく落ちている (単なる、アシ)

という感じでしょうか。

私は1968年生まれで、主体性が確立する手前ゆえに、周りに影響されまくる大学生時代が、まさにバブル景気。 大人たちは、アブク銭で「見栄」を競い合い、それは我々、大学生に大きな影響を与えるものでした。
「見栄」は、「男らしさ」の見栄もあり、「女性をリードする」という、古めかしい男性観が、バブル風に演出され、「クリスマスは指輪で、シティホテルにお泊り」、「横浜の海が見えるレストランでデート」、「服は、カチッとオシャレに」と、お金のない大学生には、かなり厳しい、デート標準でした、笑。

そんな演出底上げデート観は、バブル崩壊と一緒に崩壊すれば良かったのですが、自尊心に根付いている以上、簡単には崩壊しませんでしたね。 ダラダラと続いたと思います。 しかし、この2008年、調査結果を見る限り、古くさい男性観に基づいたデートスタイルは、色褪せています。 良いことです。

ヒトは、「自分らしさ」を求めて、自分探しをやるのですが、最初は「借り物のイメージ」で、「自分らしさ」の認識をします。 つまり、雑誌やテレビ、書籍から、「自分らしさ」のイメージモデルを借りてくるのです。 そこで提供された「自分らしさ」をベースに、「自分らしさ」のためには、「このアイテムが必要」と、消費が煽られるのです。 煽られるのは、ある意味、ゴールに向かって走っている状態なので、楽しいのですが、度を過ぎると、しんどくなってしまいます。 この辺のバランスが難しいところです。

マスコミ、特に雑誌は「自分らしさ」のイメージを提供するのが仕事で、各世代、各セグメントに分けて、細かいイメージを作り出してきました。 (最近は、自分の生き方ができあがっているはずの、シニア世代にも、自分らしさイメージを提供し始めています、笑) そして、イメージを作り出す商品を、たくさん並べて、「これがあれば、あなたも、そのイメージに近づけます」とささやきます。

こういった、「煽り」は続いています。 豊かになると内面に関心が向かい、「自分らしさ」を考え、そういった「煽り」に影響を受けてしまうのは当然なのですが、その「煽り」、つまり見栄が根っこの「借り物の男性観」にそっぽを向く、若い男性が出てきているみたいで、これは、注目すべき現象だと思います。 

「高いものを買い揃えて、着飾る生活が、どうして輝かしいのか、よくわからん」ということなのでしょうか。それとも、「高いものを買い揃える余裕がないので、最初から、輝かしいライフスタイルなんて関係ない」という諦めをベースにしたものなのでしょうか。

正直、どっちなんだろう。

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お金に寄り添うと、根腐れ起こすわ

【マツコ・デラックス お金があると、根腐れするのよね】 論座 2008年9月

Photo_3 朝日新聞の月刊論壇誌ですが、マツコ・デラックス女史のインタビューを、たまたま拝見。 かなり、いいです。 愛と毒がバランス良く混ざっていて、すぐに単行本をアマゾンでクリックです。

CanCamのような女性誌の評論を求めたインタビューなんですが、結果としては、文化論になっています。 のっけから、自分の否定です。 

テレビでものをしゃべっているなんて、人間として最下層よ
「安全地帯から発言している自分が、凄く嫌なのよ今」
「書くこともユルくなってきて、嫌」

いやぁー、ストレートです。 そして、返す刀で、

「新聞社や出版社に勤めている人間だって同じ」
「お金のために製作、報道しているのはわかるけれど、その顛末を自覚的にやっているの? (やっていないね。 100%お金儲けの視点しかないね)」

欲望や不安を煽りながら、「理想の自分像」や「理想の社会」をネタにカネ稼ぐことは悪くはないけれど、それが100%になったら、おしまいじゃないか? 確かに、そうならざるを得ないのかもしれないけれど、それに自覚的にならないと。

その欲望や不安の根源を突きつけるとか、欲望や不安に簡単にコントロールされてしまう庶民に厳しく説教するとか、資本主義とか、消費主義のエンジンとなるベタな欲望に寄り添い過ぎてしまっている現状に、「喝」を入れるようなこと、できないのかな?

根源的な欲望や不安にベタベタに付き合ってカネ儲けするのも、もちろんOKだけれども、それに自覚的になって、カネにはならないかもしれないけれど、踏ん張って「抵抗する」部分もあっていいんじゃないの? 100%カネ儲けの視点でやったら、欲と不安を煽るだけで、本質的な意味で、世の中に必要ないんじゃないの?

頭のいい人たちの、自覚と覚悟が足りないのよ。 根腐れ起こしているわ。

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