カテゴリー「コミュニケーション」の7件の記事

コミュニケーションは質より量

【川鍋一朗 コミュニケーションは質より量】 日経アソシエ 2009.07.07

Photo タクシー会社、日本交通の3代目社長のコミュニケーション論です。
論理コミュニケーションがすべてという、ある意味世間ずれしたマッキンゼーから、「難しいことはわからない」と言われてしまうタクシー会社へ移って、川鍋流のコミュニケーション論が出来上がりました。

好き嫌いの感情が、行動動機の原点。 その後に行動の論理で、自分を正当化する
・コミュニケーションが成立するとは、結局、最初に「好き」になってもらえるか。 論理が正しいとかは関係ない
・「好き」とは、相手の感情を揺さぶること
・質で揺さぶることもできないことはないが、難しく、量で勝負する方が、結局、相手の感情を揺さぶる
・量で勝負とは、同じメッセージを繰り返すこと
・そして、会社のこと、業務のことなど、とにかく隠さず、詳しく、わかりやすく話す
・こちらからコミュニケーションをとれば、必ずフィードバックがある。 そして関係が深まる
・自分は社長なので、普通は言いにくいから、相手が言いやすい環境を自分から作って、健全なコミュニケーションのパイプを維持している

確かに、相手への何となくの好意が生じると、「相手の話を聞こう」というスタンスが出来上がります。
このスタンスこそが、コミュニケーションの回路なので、まずは回路を開かなければならないということです。
回路が開いてこそ、初めて、論理的なコミュニケーションが成立するのです。

しかし、「何となくの好意」は、何がどうなると生まれるのか?
少し前にアップして紹介した、(コミュニケーション専門家の)重田みゆきさんは、目、全体の表情、挨拶、声のトーン・スピード、見た目などのディテールが大事だと指摘していました。

相手の目を見ること、こちらから元気に明るく声をかけること、明るくさわやかで、落ち着いた語り口、清潔感があって誠実そうな見た目など、こういった要素が重なりあって、「何となくの好意」が生まれてくるのだと思います。

ただ、こういったテクニックも大事だと思うのですが、本質的には、
・あなたと、真剣に、(対等に)話をしたい。 あなたに興味がある
という、相手への実直な思いが前提としてあることが大事だと思います。
この相手は、自分に興味があると直観的に感じることが、実は、相手への何となくの好意のような気がします

誠実な話しかけには、きちんと話がかえってくるし、気持ちのこもった優しさには、それ以上の優しさがかえてくることが多いのです。
ヒトのコミュニケーションには、そういったポジティブな連鎖があると思います。
そういったポジティブな連鎖の最初の一歩を至る所で生み出し、ポジティブな連鎖を繋げていき、大きなポジティブな連鎖を作ることが、リーダーの役割かもしれません。
そういう意味では、ヒトに興味がなければ、リーダーは務まりません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

繋がりたいのに、繋がらない

【若い人の、泥沼の不安】 NHK 青春リアル 09年6月14日

「他者からの承認」欲求が強いのは、ヒトとして当たり前の話ですが、若い人の場合、その欲求がより強いのが普通かもしれません。
なぜなら、自分自身の内的確かさ(自己を肯定的に受け入れること)が形成途中で、より他者の視線の影響が強いからです。

しかし、承認欲求が強いゆえに、その欲求をベタに出すことに対して、臆病だったりもします。
自分自身のすべてとまでは言わないけれど、より深いところを相手に認めてもらいたいと思っていますが、それが「重い」と相手から避けられたら、あるいは、「よくわからない」と相手から拒否にあったら、どうしようと、本能的に危機意識を持っていて、だからこそ、臆病というか、慎重になったりします。気持ちはわかります。

多くが臆病で、でも承認をしてもらいたいから、とりあえず表面的に繋がって、自分を受け入れてもらおうというのが、若い人の主流コミュニケーションのようです。
まさにノリの繋がり、時間共有・空間共有だけの繋がりで、極めて表層的です。
この表層的なコミュニケーションは、「それぞれのキャラを演じながら、周りに合わせる」というもので、ボケとツッコミや、短いメールの応酬など、私のようなオジサンには信じられないくらいの、高度な形式があるようです。

高度ゆえに、脱落する若者も多く、それが、退却的な引きこもりを生んでいたりもします
また、ついていっているものの、本質的には自分自身が受け入れられていないかもという漠然とした不安を抱え、でもこのスタイルを継続してないと孤独になってしまうという不安もあり、不安の板挟み状態で、閉塞感を感じている、真面目な若者も多いようです

そんな状況を踏まえて、教育テレビなりに、番組を作ったのが、6月14日の青春リアル。
「認めてもらいたい、受け入れてもらいたいから、必死に周りとコミュニケーションを取るけれど、取れば取るほど、その表層的なコミュニケーションに疲れ、ゆえに閉塞感を感じているのでは?」という問題提起がされて、「ぶっちゃけ、どのような繋がりを希望しているか教えてよ」と、問いかけています。

掲示板形式で、若者が考えをやり取りしています。
内容的には高度ですし、答えもないので、それぞれが、それぞれの意見を述べている感じで、いまひとつ盛り上がりにかける掲示板です。
良いテーマですが、真面目にとらえると、やはり大き過ぎるテーマなのかもしれません。

「ヒトとの関係性の中で、自分が生かされる」という意味は、歳を重ねるにつれ、深く認識していくもので、永遠のテーマでもあります
しかし、実際には、なかなか考えはかみ合わないし、相手の考えに向き合うのは疲れるし、自分の考えを説明するのも難しいし、うまく説明できない時は恥ずかしいしと、関係性を深くするのは難しいのです。
だから、面倒、うざい、表面的に取り繕うというのは普通です。
でも、面倒なやり取りを越えたあとに出来上がる関係性の「かけがえの無さ」は、本当に貴重なものです。 しかし、若い時は、その貴重さに気付かない

大林宣彦監督の名言、「ヒトは傷つき合って、許し合って、愛を覚える」ということですね。

番組を見ながら、そんな感想を持ちました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

外見オンチとの向き合い方

【山中登志子 天然ブスと人工美人、どちらを選びますか?】 光文社新書

Photoかなり直球というか、自分のコンプレックスと向き合った本です。 著者はクレバーなので、通常、過剰反応しがちのコンプレックスを相手に、淡々と向き合っていますが、それでも、その様々な切り口、内容に、著者の闘志を感じる、勢いのある本です。 (この本をピックアップした私自身も、外見に対する過剰な意識があるということの裏返しなんですが、笑)

著者は、コンプレックスを、「外見オンチ」と呼んでいます。つまり、「女性は美しいことがすべて」という世間の価値観が刷り込まれた自分にとって、「自分は美しくない」という自覚をした時点で、外見に対する意識が、いい意味でも悪い意味でも過剰になった状態です。

この過剰な意識を武器に、世間の「美のヒエラルキー」の構造に切り込んでいきます。

まずは、いろいろなフォローがあっても、「美の格差社会」では、一瞬の見た目で高評価が得られる美人のほうが生きやすいと断定します。 ただし、ミスコンの森理世の「ぱきぱき」美人、山本モナの「キャラがはっきりしない」美人、スザンヌの「癒し系」美人の例を出して、「癒し系」かわいい美人が、最も受けが良いと分析しています。

そして、そもそも美人は、人工でもOKなのか?と問います。

見た目よりも重要なことはたくさんあることはわかっていても、世間が美に優越的価値を認めるので、合理的対応を取ろうとすれば、整形もありなのか?、それでも、整形手術によって社会的地位を上げようとする動きに対して後ろ指差す社会の二重構造もあり、どう立振る舞うべきか難しいという、韓国の映画監督のコメントを紹介しています。

そして、日本の有名な美容外科医のコメントも紹介しています。「整形で幸せにはなれないけれど、幸せになれる機会を得ることはできる」と。 要は、整形でつかんだ美だけで、幸福感は充足されないけれど、その美をきっかけに、幸福感をつかむ可能性は一気に広がると。

そして、様々なコメントを紹介しながら、見た目の美に価値をおく「物質的価値観」と、そのアンチで「生き方」や「性格」に価値をおく「精神的価値観」の両極のどちらかに、考え方の比重を置いてしまうヒトが多いのでは?と結論付けています。 物質的価値観は現実を反映しているが、それがすべてでないし、物質的価値に反発して精神的価値を強調し過ぎても、現実から少しずれているのも事実であるしと。 現実と本質で、美と向き合おうよということでしょうか。

この本の凄いのは、最後の章で、「外見オンチ」という過剰な自意識の源は、実は、脳下垂体腫瘍、病名アクロメガリー(先端巨大症)という難病の発病だっというカミングアウトです。 (実は、このことを数年前にカミングアウトし、患者同士のネットワークつくりに活躍されているようです) 

普通に生きていれば、女性らしさの自尊心、つまり「きれいな女性」というものに、自らが向き合うようになりますが、病気になった山中さんは、その「女性らしさ」を獲得できないことに、大きく悩むようになります。 その悩みは、自分自身に刷り込まれた価値観によるものであると同時に、同じような価値観が刷り込まれた男性たちの、残酷で、露骨で、配慮のない、言葉、視線、対応であっととも記しています。

このコンプレックスと、ようやく普通に付き合えるようになったけれど、「外見オンチ」が生き辛いことに変わりないと。 社会の方も、そして男性の方も、もうちょっとバランスが取れないのかねぇと。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

自分を突き動かす「心」と向き合えること、それを叫べること

【心から叫べ 長渕剛】 課外授業 NHK 09.1.4

281_nagabuchi 魂を歌い上げる音楽家、長渕剛が地元鹿児島の母校に帰って、4日間の特別授業を行う番組です。彼が受け持つのは、まもなく卒業を迎える高校3年生のあるクラス。 最初から直球勝負で、「分かり合う」「仲間」というコンセプトで、グイグイ授業を進めます。

この特別授業の課題は、「叫び」というテーマで、クラス全員と長渕で、オリジナルの曲を作ること。 そのために、自分たちの「魂の叫び」と向き合うのが、授業の前半です。

就職先の東京の話がたまたま出たときに、話は「秋葉原殺傷事件」へ。 長渕が、生徒にその事件について意見を聞くと、「その場にいなくて良かった」「死ななくて良かった」という、被害者にも、加害者からも離れた、極々個人的な感想の連続で、長渕はその感受性の弱さに、怒りを覚えます。

そして、大人になって失うものは「感じること」だ、これは絶対に失ってはだめだと、訴えかけます。 もし現場にいたら、自分はどう思うのだろう、何をすべきなのだろう、何を感じるのだろうと、もっとハートで感じるものに敏感であれと訴えかけます。

さらに、自分自身を守るために、大人になるとどんどん観念的になり、それはある意味、屁理屈という鎧を身につけるようなもので、ハートで感じるということを、どんどん奥においやり、ヒトとしての、本質的なエネルギーを自分でつぶしてしまっていると説きます
だから、ハート、つまり自分の魂の叫びに常に敏感であるようにあれ、魂の叫びを大切にせよと、ロック魂、炸裂です。

そして、生徒一人一人が自分の叫びをもとに作詞を行い、30以上の詩を読み込んで、最後は長渕が作詞作曲します。 そして、長渕が生徒の前で歌い上げます。
その詩、曲、長渕のエネルギーに、クラス全員の感情が揺さぶられます。 涙があふれています。

文字にしてしまうと、何ともないのですが、番組はそのシーンを上手に見せてくれます。 画面を通してですが、その空気が伝わってくるようで、こちらも涙目です。

ヒトにとって、感情は最大のエネルギーです。 しかし、その感情は極めて個人的なことで、他人とはなかなか共有しにくく、そもそもその表現が難しかったりします。 それに、そもそも、大人の世界では、感情を抑えて社会的活動をすることが求められたりもするので、感情、つまり魂の叫びと向き合って、それを伝える、そして相手の叫びを聞くということ自体の経験が少ないのが普通です。

自分の感情と向き合わないことが、実は社会適合だったりもします。

でも、長渕は、それではダメだと言います。 「心から叫べ」と言います。 自分の魂と向き合わずして、他人の魂の叫びはわからないと。 他人の魂の叫びを感じられるとき、そこに絆が生まれ、仲間となり、そこで自分が生かされるのだと、最後は、堂々の長渕教の教義です。

リーダーは、チームの絆を築くことが仕事であるとするならば、リーダーは、自分の魂を叫び、そして仲間の叫びを感じることが必要です。 

自分の魂の叫びに近いものを、これから書き続けていきます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

働くことを通して得られる幸せ

【知的障害者が7割の工場】 日本理化学工業 大山会長 東京TV「カンブリア宮殿」 081103

Photo チョークを作っている町工場ですが、なんと社員の7割が知的障害者だそうです。 二つの工場があり、川崎の工場がTVで紹介されていましたが、パッと見、30名くらいの人員で、だとすると20名以上の知的障害者が活躍しているという、素晴らしい工場です。

通常に、朝から夕方まで働いていて、給与が12万円(だったかな?)くらいということで、知的障害者は福祉作業所で働くことが多いですが、そこでの給与は月数千円程度。 貴重な雇用機会を作り出しています。

その会社の大山会長いわく、
・知的障害者の方は、決まった仕事を黙々と、集中してやり、精度は高く、生産性も健常者にそれほど劣らない
・会社側が、作業を間違えないような工夫を随所に行えば、しっかりやってくれる
と、断言しています。

ただし、知的障害者の採用に対しては、最初及び腰だったと言います。 しかし、ご縁があって2週間の体験雇用をやってみたところ、黙々と働く姿勢に従業員一同が感心し、従業員側から、彼らの面倒を見るので雇ってあげて欲しいとの要請があり、踏ん切りがついたと言います。

そして、知的障害者の雇用を通して、大事なことを気付かされ、そして、それゆえに人生が豊かになったと大山会長は述べています。

ある日、大山会社が住職に何気ない質問をしたそうです。
「至れり尽くせりの福祉施設に行く方が幸せだと思うのに、どうして、満員電車でしんどい思いして、工場に来るのだろうか?」

その住職は、こう答えたそうです。

ヒトの究極の幸せは4つ。
1.愛されること
2.褒められること
3.ヒトの役に立つこと
4.ヒトに必要とされること

工場での仕事を通して、2から4を獲得している。 だから、「働く幸せ」を感じている。」

ヒトの幸せの本質を、的確に表現したものです。 知的障害者の皆さんは、誠実に仕事に向き合い、純粋に、その幸せを感じ取っているのかもしれません。

翻って、我々はどうでしょうか? 我々も当然同じ幸福観を持っているのですが、誠実に向き合わず、都合よく「褒められること」「ヒトに必要とされること」を求めているのかもしれません
楽をしてしまう、怠けてしまうという、誰もが持つ「悪玉」の影響を受けて、都合よく幸せを求めようとしているのかもしれません。 でも、幸せは都合よく獲得できません。

仲間と一緒に、仕事に誠実に向き合うと、自ずと「働く幸せ」を感じられるようになるということを、知的障害者の皆さんは教えてくれているのかもしれません。

政治的な出世競争があったり、仕事の種類によっての楽・大変があったり、嫌な上司がいたり、フェアな評価がされていなかったり、とんでもないお客さんの相手をする必要があったり、無茶な要求ばかりやってきたりと、確かに、誠実に向き合うには、ちょっと厳しい環境で、手加減して、調子よくやるのも、処世術なのかもしれません。 しかし、それで、働く幸せを感じるチャンスを逃しているかもしれません。

悪循環というか、閉塞しているというか。 そういったものは、リーダーがぶっ壊す必要があります。
誠実に向き合うことの素晴らしさを信じられるリーダーと出会えたら、幸せです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

すべては「やる気」次第、でも「やる気」は普通起こらない

【すべてはやる気次第】 日経情報ストラテジー 2008年12月

0812 仕事の生産性、組織の活力の最大のドライバー(影響要素)は、「社員のやる気」であるという、身も蓋もないことを、大真面目に特集しています。 「当たり前でしょ」という内容ですが、それだけ「社員のやる気」がないという認識が広がっている裏返しの特集です。

特集では、「エンゲージメント」という難しい言葉を使って、やる気の定義をしています。

「組織に対して、強い愛着を持ち、仕事に熱意を持っている状態」
「会社が成功するために貢献したいと思う気持ち。そのために自発的・自律的に絶えず努力している状態」

要は「一生懸命にやる」スイッチが入ることだと思うのですが、どういう時にスイッチが入るのでしょうか?
特集では、3つの要素のうち、ひとつでも強い感覚を持つと、やる気のスイッチが入るとしています。

1.「貢献感」 会社の中で自分が役立っているという認識 → 自分が会社の中で認められているという認識=自分は有用であるという自尊心 → 尊厳確保&尊厳維持のために頑張るという好循環=「やる気のスイッチ」

2.「仲間意識」 好きな仲間が周りにいる → 仲間に認められたいという願望 → 仲間を助け、仲間に貢献したい → 仲間からの承認 → 仲間への貢献&仲間からの承認という好循環=「やる気スイッチ」

3.「仕事が面白い」 仕事の内容そのものが、自分の好奇心を刺激して、「もっと知りたい、もっとやりたい」状態 → 達成感、顧客からの評価で「もっと、もっと」=「やる気スイッチ」

1と2は結構かぶっていますが、内容的には、その通りだと思います。

カリスマ人材コンサルタント原田隆史氏の言うとおり、生活時間の半分以上を費やす仕事は、まさに「人生」。 この「人生」を通して、「自分」の尊厳を確保しようとするのは、普通の展開です。 尊厳の根っこは、まさに「承認」。 仕事ができると「承認」されるか、仲間から大切な存在として「承認」されるか、結局は、このどちらかのパターンで尊厳を確保、つまり「やる気のスイッチ」が入るわけです。

組織を設計するときには、この部分を意識する必要があります。
仕事ができるという「承認」を獲得できるのは、どうしても一部になってしまうので、全体的には、仲間からの「承認」が大事になってきます。

しかし、言うが易し、行うが難しの部分も多々あります。
ひとつは、「仲間」の感覚が生まれないと、「承認」もへったくりもないので、その前提は、組織の中で「仲間」の感覚を作る必要があること。 もうひとつは、傷をなめあう「仲良しクラブ」にならないように、「前向き」な姿勢をもった仲間を作る必要があること。

ちなみに、組織の流動性の少ない行政では、長時間にわたって、同じ空間を共有するので、必然的に「仲間」感覚は生まれるのですが、前向きな姿勢をリーダーが持たないと、単なる「(排他的な)仲良しクラブ」になりやすいです。 リーダー、つまり市長村長次第です、笑。

民間の場合は、組織流動性が高いので、物理的な空間・時間共有による「仲間」感覚は生まれません。そこで、仕掛ける必要があるのですが、キーワードは、「深く向き合う」「非日常の共有」で、日常のコミュニケーションを超えた、深い関係を作りだすことにあるようです。

特集では、「深く向き合う」事例として、「ざっくばらんに話す場を意識して作る」「激しいプロジェクトを通して関係を深める」が挙げられ、「非日常の共有」事例として、「激しい社内行事の実施」が挙げられています。 どれだけやっても、ゴールはないのですが、常に意識してやり続けることによって、だんだんと強くなっていくというイメージだと思います。

結局、人間関係、つまり関係の絆の太さ・濃さの話です。 人間関係の機微を理解している人こそが、組織における「やる気スイッチ」を入れることができるのです。
人間関係の機微をわかっていない人事コンサルタントが、心理学などのアプローチで「エンゲージメント」を語っても、ダメダメです、笑。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

絆を太くするコミュニケーション、大島鈴木夫妻

【幸せな結婚 大島鈴木夫妻】 AERA 2008.11.3

Oshimasuzuki
大島鈴木夫妻の事例を通して、幸せな結婚について考える記事です。 いろいろな幸せがありますし、幸せの定義も異なるので、「幸せな結婚」は永遠のテーマ。 だから、結局、大局的には「何でもあり」という結論になってしまうのですが、そういうニヒルな視点は置いておいて、夫妻の幸せをありがたく頂くことにしましょう。

記事を読んで、想像を働かすと、この夫妻の素晴らしさは以下の点かもしれません。

・夫婦の絆が、日々成長して、太くなっている
・絆が太くなるような、積極的なコミュニケーションが日々行われている
・積極的なコミュニケーションが日々行われるような、「非常に開放的な関係」が成立している

・表も裏も、苦しみも、楽しみも、気取りも、弱さも、何でもありの開放的な関係によって、お互いがお互いを深く知り、そして他には代え難い、貴重な関係であるということを認識し、さらに、その相手に対して尊敬を深めるという、コミュニケーションの良い循環が起きている

まとめてしまえば、
・量も多い、質も濃いコミュニケーション
・そのコミュニケーションを「大切なもの」として認識できる感受性を二人とも持っている
ということでしょうか?

個人的に注目は、「非常に開放的な関係」です。
「何でもあり」のコミュニケーションです。

・大島さんがたまたま見てしまった、鈴木さんのオナニーを、芸のネタにしてしまう
・大島さんが気取り過ぎて、芸にキレがなくなったので、鈴木さんが大島さんをバリカンで丸坊主にしてしまう
・交換日記をしている
・「今日はエッチをお願いします」と、大島さんが鈴木さんに単刀直入にお願いする
・「好き」を、目や耳でいっぱい確認したいから、何も隠さずに、ストレートに表現する(大島さん)
・「自分を、女として、芸人として、人間として」見てくれるのは、旦那だけ(大島さん)
・一緒にいる時間が、「とにかく面白い」から、すごく幸せ(鈴木さん)

ちょっと極端な例が並びますが、このレベルのコミュニケーションが日常であるみたいです。 濃いです。

大島さんの、「変に気取らず、自分をネタにしてでも、相手の笑いを取るという、(芸人魂的)ひたむきさ。 ひたむきさは、相手に対する優しさにも通じていて、こちらも気取りなしで、ひたすら、相手の喜びを取る」、そういった、直球の優しさ、ひたむきさが、素晴らしく、その素晴らしさを認めて、そして一層引き出しているのが、鈴木さんのような気がします。

大島さんの素晴らしさに気づく感受性を、鈴木さんはもともと持っていたと思います。 いろいろ、空虚な関係・コミュニケーションの経験を通して、「本当に大切なものは何か」ということを見つめて、結果として、「笑い」へのひたむきさ、「大切な関係」へのひたむきさに、心ひかれたということでしょうか?

ただし、そういった抽象的な部分を明確に自覚するのは難しい。 わかりやすい、「美人」「オシャレ」という部分で、関係を理解しようとしてしまいがちです。
だから、
・鈴木さんは、愛情より冒険心で、大島さんにプロポーズ
という側面もあったと思いますが、でも、その直感は間違っていなかったということでしょうか?

愛とは何か、愛を育むとは何かを、考えさせる良い話です。 一度、リアルに夫婦漫談でも、見てみたいものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)